婚約破棄されたので、好きにすることにした。
 慌てて彼の口を手で塞いで、周囲を見渡す。
 給仕らしき女性が頬を染めてこちらを見ていた。
「事実だけど?」
「あなたが勝手に服を脱ぎだしたのでしょう?」
「クロエ、声が大きい」
 宿屋の奥にある飲食店にいた男たちから、からかいの声が上がる。
 痴話げんかはよそでやれ、と言われて、クロエの頬が真っ赤に染まる。
 もちろん、怒りのためにだ。
「まあ、俺のことはそんなに警戒しなくてもいいよ」
 エーリヒはそんなクロエに、どこかのんきな声でそう言った。
「王女殿下のお陰で、完全に女性不審になっている。クロエでなければ、同室なんてこっちからお断りだ」
「……わかったわ」
 おそらくクロエが父や兄、婚約者のせいで、他の男性を信用できないのと同じなのだろう。
 そう言われてしまえば、もう強く拒絶することもできなくて、結局同じ部屋に泊まることにした。
 どちらにしろ、部屋は空いていないのだから仕方がない。
 最初は色々と余計な心配をしていたが、夜が遅かったこともあって、すぐに眠ってしまっていたらしい。
 気が付いたらもう朝だった。
 エーリヒも同じだったようだ。
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