アオハル・スノーガール

暖かな手

「どうなったか気になったから来たけれど、まだお取り込み中だったかな? 失礼、お邪魔虫は退散した方が良さそうだね」

 困ったようにそう言う白塚先輩だったけど、これはまずい!
 よりによって、こんな急接近している所を見られるなんて。これじゃあ、先輩に変な誤解をされちゃう。

(お、岡留くん、早く手を放して!)

 誤解されなかったにしても、彼氏が他の子と手を繋いでいるなんて面白くないに決まっている。だからすぐにでも放してほしいのに、岡留くんときたら。 

「悪い、まだ話の途中なんだ。もう少しだけ待ってて……」
「だ、ダメです!」

 続く言葉を、慌てて遮る。先輩がいるのに、何してるんですか!
 握られていた手をブンと振り払うと、後ずさって距離を取った。

「すみません先輩。もう話は終わりました。岡留くんはお返しします」
「は? 待てって、俺はまだ……」
「終わりました!」

 お願い、空気を読んで!
 岡留くんの事は好きだけど、白塚先輩のことも大好き。変に気を悪くさせて、部活内でギスギスなんてしたくはないもの。

「話はもう十分ですよ。せっかくの文化祭なんですから、どうか残りの時間は私なんかじゃなくて、白塚先輩のために使ってください」
「いや、なんでここで部長が出て来るんだ?」
「そりゃあ彼女さんなんですから。一緒に文化祭を回るとか、色々する事があるでしょう。どうか大事にしてあげないと」

 岡留くん、意外と女心に疎いのかな? 
 彼は「彼女?」と呟いて首をかしげたけど、やがて何かに気付いたようにハッとした。

「ちょっと待て。誰が彼女だって⁉」
「もちろん、白塚先輩ですよ。ごめんなさい、実は前に、岡留くんと白塚先輩が名前で呼び合って、仲良くしている所を見たのですけど……って、大丈夫ですか!?」

 岡留くんは急に頭を押さて。まるで苦虫を噛み潰したみたいに、顔をしかめ出した。

 そして白塚先輩はと言うと、やはりこちらも怒っているのか、頭や肩をぷるぷると震わせていた。だけど……。

「……ふ……ふふっ。……あははははははっ!」
「え? せ、先輩?」

 何故か突然笑いだした白塚先輩。私は予想外の事に呆気にとられて、ポカンと口を開ける。
 もしや怒りすぎて、逆に笑えてきたとか……ううん、とてもそんな風には見えない。一方岡留くんはそんな先輩に、ジトッとした目を向けている。

「ふふふ、彼女だってさ。どうする直人?」
「宝……。お前、何で本当の事を話さないんだ?」
「そうしたいのは山々だったんだけどね。私達の事、学校ではナイショにしておこうって言いだしたのは、君の方だろう」
「そうだけどさあ……」

 二人が何を話しているか、さっぱり見えてこない。付き合っている事をナイショにしておこうって話じゃなさそうだけど。
 すると岡留くんは疲れたように、大きなため息をついた。

「なあ綾瀬、前に俺の両親が離婚したって話、したことあったよな?」
「う、うん?」

 確かに前にそんな話をしたことはあったけれど。なぜ今それを?

「実は俺には、一つ年上の姉がいてな。そいつは離婚の際に、母親が引き取ることになったんだ。で、その母の旧姓というのが、『白塚』って言うんだけど」
「はあ、白塚……って、えっ、えっ? 白塚って……」

 ちょっと待って。その名前、よーく知ってるんだけど。

 私も、それに岡留くんも、腕を組ながら仁王立ちにしている《《白塚》》先輩に、そろって目を向ける。
 すると彼女はニッと、意地悪な笑みを浮かべた。

「私の事だ。つまり私と彼……直人は実の姉弟なんだよ」
「ええ――っ!?」

 告げられた事実に、脳震盪を起こしたような強い衝撃を受ける。

 そ、そんな。二人が姉弟って。そんな話、聞いてない。
 告げられた言葉を全然受け止めきれずに、ただただ唖然とする。

「宝、お前綾瀬に何て言ったんだ? そりゃ黙っててくれとは頼んだけどさあ、嘘までつかなくても良かったんじゃねーか?」
「人聞きの悪い。私は一言も、付き合っているなんて言っていないよ。君の事が大好きだとは言ったけどね。姉弟として、だけど」

 ゲンナリした様子の岡留くんと、胸を張る白塚先輩。
 言われてみれば確かに、嘘は言っていなかった。……勘違いだってわかってるのに、否定もしてくれなかったけど。

 けど待って。二人が姉弟だったとして、それじゃあそもそも、どうしてナイショにしていたの?
 するとそんな私の疑問に先回りするように、二人は答える。

「黙っていたのはね、周りから家庭の事を言われたり、気を使われたりするのが嫌だからナイショにしておこうって、直人が言い出したんだよ」
「親が離婚して名字も変わったのに、仲良くしてるなんて変だって、無神経に言ってくる奴が、昔いたんだよ」

 な、なるほど。そうですか。
 確かにごちゃごちゃ言われたくないという気持ちは分かるかも。ろくに事情も知らないで、面白半分に家族の事をつつかれるのは、嫌だよね。

「あと部長は……宝はブラコンなんだ。しかも重度の。恥ずかしいから姉だって知られたくなくて、秘密にしてた。人前では呼び方まで変えて、ベタベタ触ってくるのも禁止してたのに、こんなのを彼女だって思われていたのか」
「こんなのとは失礼だね。そんな事を言う悪い子には、抱きついちゃうよ」
「パカ、止めろ恥ずかしい。これだからナイショにしてたんだ。……こんな所、綾瀬にだけは見られたくなかったのに」

 抱きついた白塚先輩を、引きはがそうとする岡留くん。一方私は、開いた口が塞がらない。
 う、うーん。こんなにもじゃれあってくる先輩を見てると、恥ずかしいから隠したくなる気持ちも、ちょっとは分かるかな? 
 前に部室でも後ろから抱き締められていたけど、あれを人前でやられたら、そりゃあね。
 岡留くん、意外と恥ずかしがり屋な所があるから、徹底して隠してたんだ。

 そんな二人は、少しの間じゃれあって……というか、白塚先輩が一方的に絡んでいたけど、やがて離れて。クスクスと笑いながら、私に目を向けてくる。

「バレないように普段は呼び方まで変えてたんだけど、まさか付き合ってるって誤解されてたとはね。驚いたけど、おかげでたっぷり笑わせてもらったよ」
「ご、ごごごごめんなさい。変な勘違いをしてしまって」
「気にしないで。まあそういうわけだから遠慮なんかせずに、飽きるまで直人と話をするといいさ。私はブラコンではあるけれど、可愛い後輩の恋路の邪魔をしたりはしない。千冬ちゃんなら、大歓迎だよ」

 はい……って、先輩! 今さらっと、とんでもないことを!
 慌てて岡留くんを見ると、「恋路?」と呟いている。
 あわわ! ち、違うから! 本当は違わないんだけど、お願いだから違うって事にして!

「それじゃあ私はこれで。直人、ちゃんとエスコートしてあげるんだよ」

 白塚先輩はウインクをすると、本当に部室から出て行って。私は何も言えないまま、岡留くんと並んでそれを見送る。
 だけど出て行った後も恥ずかしくて、岡留くんと目を合わせる事ができない。緊張と恥ずかしさで、体の中がじんじんと熱くなっていく。

「綾瀬……さっき宝が言っていたことだけど」
「ご、誤解です。先輩が、勘違いをしてるだけですから」
「そうか、誤解なのか……」

 とたんに悲しそうな目をされて、キュンと心臓が跳ね上がる。
 私、また嘘をついている。本当は私、岡留くんの事が……。

「……ごめんなさい、嘘をついちゃいました。……誤解では、ありません……」

 まだ目も合わせられないどころか、顔を見ることすらできなくて。俯いたまま告げると、岡留くんは小さく、「そうか」と答える。

「けど、迷惑ですよね。ごめんなさい、どうか忘れて……」
「綾瀬!」

 不意に両手で頭を掴まれて、強制的に顔を上げられる。
 そこには真剣な眼差しをした岡留くんがいて、触れている手から、合わせた目から、熱が伝わって。胸の鼓動が、更に激しさを増す。

「ここまで言われて忘れろなんて、どんな生殺しだよ? 迷惑なんて、誰が言ったんだ?」
「そ、それは……。で、でも私ですよ。人間じゃない、雪女ですし」
「今さらそんなの、関係ないってわからないか? 俺はこれでも結構、綾瀬のこと好きなんだけど。そういう事、ちゃんと分かってくれなきゃ困る」

 岡留くん頭から手を放すと、拗ねたみたいにそっぽを向いた。
 けど、私の事が好き? 岡留くんが?

 予期していなかった言葉に、一瞬頭の中が真っ白になったけど、すぐに沸騰しそうなくらいに熱くなる。

「で、でも前に白塚先輩に、私の事はなんとも思ってないって言ってましたよね?」
「それも聞いてたのか!?」
「ご、ごめんなさい」
「あれは恥ずかしいから、咄嗟に嘘を言っちまっただけだ。……頼むから、言わせないでくれ」

 そっぽを向いる岡留くんの表情をうかがうことはできなかったけど、それでも照れてのはバレバレで。彼の事を無表情だなんて、いったい誰が言ったのか。今の岡留くんはただの可愛げのある、同い年の男の子だ。

 こういう時って、なんて答えるのが正解なんだろう? 
 怪我をさせたのに、人間じゃない雪女なのに、彼はそんな私に向き合ってくれた。今度は私が、そんな岡留くんをまっすぐに見つめて。着物の上から胸に手を当てると、大きく息を吸い込んだ。

「私も……好きです。たぶん岡留くんが思っているよりも、ずっと」

 今までにないくらい、顔が、頭が、胸の奥が熱くなる。心臓が一つ鼓動を刻む度に熱が込み上げてきて、全身の血が沸騰しそう。

 ……熱い、熱いよ。溶けちゃいそう。
 だけどそれは決して、嫌な熱さじゃない。

 明後日の方を向いていた岡留くんだったけど、ゆっくりとこっちに振り返ってくる。

「手、繋いでも良いですか? 繋ぎたいんです。岡留くんの、暖かな手と」
「俺のでよければ。……けど触れたとたん、溶けたりしないよな?」

 おそらく真っ赤になっているであろう私を見て、そんなことを言ってきたけど、「たぶん大丈夫です」と答えておく。
 例え本当に溶けてしまったとしても、それでも今は、彼に触れたかった。

 お互いに緊張や照れを圧し殺しながら、差し出された手がそっと重なった。

(……やっぱり、暖かいや)

 ゴツゴツしていて大きくて、力強くて優しい手。
 暖かくて、やっぱり溶けちゃいそうだけど、私は放すことなく。重ねた手をぎゅっと握りながら、確かな温度を噛み締めた。
< 35 / 37 >

この作品をシェア

pagetop