前世わたしを殺した男は、生まれ変わっても愛を捧ぐ

29、女王の義務

 アリーセはこの世に生まれた瞬間から女王だった。父親は腹の中にいる間に暗殺された。母は自分を産んだ後、産褥熱で亡くなった。周りには敵ばかりの状態。裏切りと血生臭さが絶えない環境でアリーセは味方に守られ、一刻も早く女王に相応しい力をつけることを求められた。

 家族の愛など知らず、誰かに甘えることもなく、氷のような冷たい眼差しで相手が敵かどうか判断する。そうしなければ彼女は、生き延びることができなかった。

「陛下の王配となるリーヴェスです」

 リーヴェスはそんなアリーセが育った環境と真逆だった。アリーセと同じ王族の血を引いていながら両親が健在で、失敗が許される環境で、温かい眼差しを当然のように注がれて育った。

「陛下はもう少し、反対する者たちの気持ちを考えるべきです」

 だから彼がアリーセの性格を傲慢だと思い、情を抱けなかったのも仕方がなかった。妻として愛したくないと表情や態度が告げることも。

「これは必要なことよ。逆らう者は黙って去ればいい」

 アリーセはリーヴェスの意見を無視した。言葉を尽くして自分の考えを理解してもらう努力もしなかった。そんな時間があれば、まだ山のようにある問題を片付けるべきだと思っていた。

「あなたは……」

 リーヴェスはため息をつき、アリーセに背を向けた。彼の後ろをアリーセに反感を抱く貴族が続く。その中にはかつてアリーセを立派な女王にしようと、厳しさを与え、甘えを許さなかった人間もいた。

(彼らからすれば、わたしは失敗作だったのね……)

 リーヴェスは他者に優しかった。弱者にも手を差し伸べ、強者にも屈せず、対等な立場で対話を求めた。傲慢ではなく温和な態度は相手の心を掴んだ。

 リーヴェスを嫌う人間など、王宮には誰もいなかった。

「リーヴェス様は本当に素晴らしい方です」
「女王陛下のような方にも文句一つ言わず、ご自身のできることに励んでいらっしゃる」

 いつしかアリーセは血も涙もない悪女だと言われ、そんな女王を妻にしなければならないリーヴェスは可哀想だと社交界や民衆の間で囁かれるようになった。

「お二人の間にお子ができないのも仕方がない」
「あんな冷たいお方ではリーヴェス殿も抱く気にはなれないでしょう」

 子を産むことは、何より大事なことだった。

 どんなに立派な政策を行っても、後継者を残せなかったら意味がない。リーヴェスもそのことはよく理解しており、義務を怠らなかった。

 愛していなくても、どんなにアリーセを疎ましく思っても、彼はアリーセを抱いてくれた。だからアリーセもその気持ちに応えなければならなかったが……。

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