可哀想な猫獣人は騎士様に貰われる
 ちちち、と外で小鳥がさえずっている。ジルの耳が現実逃避よろしく遠くの音を拾い始めてしまった頃、彼女はぎこちない仕草で頭を下げた。

「あ……ありがとう、ございます。その、よく……助けてもらって」
「……。事前には防いでやれなかったが」

 ふる、とジルは頭を左右に動かす。

 オーランドはあの男の命令によって、クロエを始めとした王家の情報を革命軍に流していたのだろう。恐らく間諜(スパイ)というやつだ。

 アゼリア王国に内乱を起こさせて、落ちぶれた国王とその家族を排除し入れ替えたら──きっとあの男が得をするようになっている。そんな気がした。

 ゆえに彼の部下であるオーランドは間違ってもクロエに怪しまれぬよう、大っぴらにジルの味方をするわけにはいかなかったはず。任務遂行の傍ら、こっそりと手助けしてくれた彼には、ちゃんと礼をしなければ。

 しかし……何故そこまで?

 ジルの疑問はそのまま顔に出ていたのだろう。オーランドが逡巡の末、低い声で語りだす。

「……五年前、癇癪を起こした王女に花瓶を投げられた」
「花瓶」

 覚えている。耳が異常に良いジルは、大きな音に敏感だ。気に入らないことがあってクロエが物に当たるたび、その甲高い声と破壊音で頭がくらくらとするのは日常茶飯事だった。

 中でも、近衛に配属されたばかりのオーランドが王女の暴れっぷりに驚き、飛んできた花瓶を避けること叶わず──顔面に食らった日の記憶は、なかなか強烈に残っている。

 噂には聞いていたが、あそこまで凶暴とは思わなかった。オーランドはぼそりと呟く。

「そのとき、真っ先に駆け寄ってきたのが君だった」

 ああ、そうだったっけと、ジルはおぼろげな記憶を掘り返した。

 猫の獣人であるジルは、生まれつき人間よりも感覚が鋭く、咄嗟に体が動いてしまうことは多々ある。あのときはよろめいたオーランドを支えようとして、けれど首輪の鎖が足に絡まって……。

「……私、一人で転んでたような」
「ああ」

 恥ずかしい……。

 人助けもろくに出来なかった自分を思い返し、ジルは毛布で顔を隠した。

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