アンハッピー・ウエディング〜前編〜
その日は、園芸委員会の活動日である水曜日ではなかったが、いつもより帰りが遅くなってしまった。

「ただいま。寿々花さん、遅くなって悪かった」

「…!悠理君だ」

俺が帰宅すると、寿々花さんは手を止めて顔を上げた。

リビングのテーブルに向かって、どうやら何か書いていた様子。

宿題でもしてんのかな、と思ったら。

よく見たら、寿々花さんが両手に持っているのは、シャープペンシルでも鉛筆でもなく。

赤と青のクレヨンだった。

「見て見て、悠理君。今ね、似顔絵描いてたんだー」

そんなことだろうと思いました。

幼稚園児かよ。

「似顔絵って誰の、って、うわっ!?」

寿々花さんが掲げて見せてくれたスケッチブックには、およそ人には見えない化け物みたいな顔が描かれていた。

これが画伯寿々花さんの作品かよ。

夜中に見たら、びっくりして悲鳴を上げそうな絵である。

「それは誰の似顔絵だよ…!?」

「誰だと思う?」

「…俺じゃなきゃ誰でも良いよ」

「ぶっぶー。これは、この間観た『冷蔵庫の中』のお化けでしたー」

そうかよ。

本当に化け物だったとは。そう言われたら納得。

「で、こっちに描いたのが椿姫お姉様なんだー」

「…お化けの隣に描いてやるなよ…」

「これから、悠理君の似顔絵も描くね」

「お化けの隣に描いてくれるなよ…」

せめて違うページに。違うページに描いてくれないか。

似顔絵とはいえ、お化けとツーショットなんて。

なんか呪われそうな気がするんだけど?

…あぁ、良いや。もう。

そんなことしてる場合じゃないんだった。

「急いで洗濯物入れて、夕飯作らないと…」

今日、帰ってくるのが遅かったからな。いつもより急がなくては。

というのも、今日は近くのスーパーでタイムセールやってて。 

タイムセールと聞いたら、足を運ばずにはいられないのが貧乏主夫の性。

でも、行ってきた甲斐はあったぞ。

お得用合い挽き肉が、なんと半額でゲット出来た。

そんな訳だから、今日の夕飯はハンバーグである。

すぐにキッチンに立ちたい…ところだけど、先に洗濯物を入れないとな。

取り込んだ洗濯物を、リビングの床に山にして放置。

畳むのは後だ、後。

まず先に、ハンバーグを焼き始めよう。

寿々花さんが、大人しくスケッチブックに向かって似顔絵を描いている間に…。

…あ、そうだ。

「寿々花さん、アイス食べるか?」

「ほぇ?」

俺は、買い物袋からアイスの箱を取り出した。

「アイスクリームが全品3割引でさ。そろそろ暑くなってきたし。食べたいかなと思って」

「わーい。アイス食べるー」

寿々花さん、大喜び。

アイスって言っても、よくある棒付きのバニラアイスとチョコアイスなんだけどな。

これでも大喜びなんだから、寿々花さんがお子様で助かった。
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