【書籍化決定】転生もふもふ令嬢のまったり領地改革記 ークールなお義兄様とあまあまスローライフを楽しんでいますー

10.馬鹿なこと、言うな!

 子供はビクリと体を震わせ、動きを止めた。

「私、両親に捨てられたの。モンスターの前で見捨てられた」

 金の髪の子供は、ゴクリと息を呑んだ。そして私をマジマジと見る。

「でも、あなたのお母さんはあなたを庇ったんでしょ? 自分の命を引き換えに、あなたに生きてほしかったんでしょ!?」

 子供はハッとしたように、息を止めた。金の瞳が、動揺で揺れている。

「……かあさんは、俺に生きてほしかった……?」
「そうよ! それなのに、生まれなければ良かっただなんて、お母さんが可哀想よ」

 シンと森の中が静まりかえった。

 私は、沸々と怒りが湧いてきた。

「私は捨てられた。親からいらないって捨てられた。私こそ生まれなきゃよかったんだわ!」

 私が生まれなければ、侯爵家の養女にならなければ、侯爵も殺されずにすんだ。
 私が生まれてきたせいで、みんな不幸になった。
 ぜんぶ、ぜんぶ、私のせいだ。

 感情の関が決壊し、涙が溢れる。胸の奥に秘めていた思いがぐちゃぐちゃに暴れ出す。

「私さえいなければ! 私なんて死んでれば!!」

 そうわめいてハッとする。
 キツネが怯えた顔で私を見上げている。

「そうか……私が死んでしまえば……」

 王太子に見初められることもなく、お父様もリアムも死なない。ルナール領は奪われることもない。

「そうか……」

 私が呟いた瞬間、子供が木の枝を投げ捨てた。
 そして、ずりばいで私に近寄り、ギュッと抱きしめた。

「馬鹿なこと、言うな!」
「……だって、あなたはお母さんに愛されてるじゃない……」

 小さな胸に抱かれて、私は鼻をすする。

「あなたは命をかけて愛されてるじゃない!! それなのに、生きてる意味がないんでしょ? 親に捨てられた私なんか、もっと生きてる意味がないじゃない! 誰にも愛されない私なんて……!」

 声をあげて私は泣いた。

 私には一生手に入らない愛情だ。
 父は弟だけを可愛がり、自分に似ていない私を疎んだ。
 母と弟は、父の逆鱗に触れまいと私から距離を取った。私も、二人に迷惑がかけられないと甘えることはできなかった。

 侯爵家の人々は私を大事にしてくれるけど、前世ではルル様の代わりにされていただけだった。
 今は、精霊ライネケ様の使いだからだ。
 
 無条件に愛してくれるはずの両親は、私を捨てた。そんな私が他の誰に愛されるというのだろう。

 リアムの微笑みが頭を過る。唯一心から安心して甘えられるのはリアムだけだ。

 ありのままでいて、とお兄様は言ってくれたけど……。それは嬉しかったけど……。お兄様が優しくしてくれるのも、私がルルに似ていて、ライネケ様の使いだからよ……。きっと。

 そう思ったらギュッと心臓が痛くなった。

「ごめん! 俺が悪かった! 泣き止め! な? 俺も死ぬなんて言わない! だからお前も死ぬなんて言うな!!」

 男の子は、ワシワシと私の頭を撫でた。
 少し乱暴だが、温かい手が気持ち良い。
 動物たちもよってきて、慰めるように体を擦りつける。

「……本当に?」
「本当だ。だから、な? それに、誰にも愛されないなんて言うなよ……。まだわからないだろ。今から出会うかもしれねーじゃん?」

 私はスンと鼻をすすった。涙と鼻水で顔がグシャグシャだ。
 腹いせに、男の子の胸に顔を擦りつけ、涙と鼻水を拭う。

「っ! お前……っ! 鼻水付けるな!!」

 男の子はイラッとしたように声をあげた。

 私は顔を上げ、テヘと微笑む。

「ごめんなさい。かわりに治療するから許して?」

 小首をかしげて、狐耳を動かせば、男の子はウッと顔を赤らめ言葉を詰まらせた。

「……しょうがねぇな。お前みたいなちびっ子に治療なんてできるのか?」

 私はその言葉を無視して、男の子の腕から離れる。
 すると、そばにいたキツネが、大きなキュウリのような果実を落とし、ふたつに割り、私に手渡した。

 果実はスポンジのようで、中に水を含んでいる。
 キュッとつまむと、綺麗な水が零れた。

「これで、血を流せるわね」

 私が言うと、男の子はキラキラとした顔で私を見た。

「……もしかして、お前って、森の妖精?」

 紅潮した顔にギョッとして、私は否定する。

「違うわ! 違うの! えーっと、私は色々あって、精霊様から狐の耳と尻尾をもらったの」

 そう言って、尻尾を振り、耳を動かしてみせる。

「こんな姿だけど、ただの人間! 妖精だったら捨てられたりしないでしょ?」

 私がそういうと、男の子は気まずそうに目を逸らした。

「……ごめん、その」

 きっと、この姿のせいで親から捨てられたと思ったにちがいない。

「尻尾のことなら気にしないで。これのおかげで今は新しい家族と暮らせることになったから。それに、私、気に入ってるの! 可愛いでしょ?」

 そう微笑めば、男の子はホッとしたように息を吐いた。

「可愛いけどさ、自分で言うか?」

 そう言って笑う。
 根は優しい子なのだろう。

「ほら、足をみせて」

 私の言葉に子供はオズオズと足輪のついた足を伸ばした。

 血まみれになった足輪に手を伸ばす。
 足輪には、八桁のダイヤルがついており、番号を揃えることで開くようだ。

「っつ!」

 男の子は痛みで身じろいだ。

「ライネケ様、ライネケ様! 声が聞こえますか? お願いです! 助けてください!!」

<こんな臭いところに我が輩を呼ぶな!>

 ライネケ様は鼻声で怒っている。
 そして、私を後ろから抱き込むと、私の頭に口を付けスーハースーハーと呼吸をした。

「すみません。でも、この鍵を開けたくて……。開けられますよね?」
<ふん! このくらい簡単だ! ガーランドの暗号など我が輩には無意味>

 ライネケ様が言うと、私が触れた部分から勝手にダイヤルが回り出し、数字がそろっていく。
 カチリと音が鳴り、足輪が外れた。同時に、内側のトゲも中に引き込まれる。

<果実の水で足を洗ったら、毒を吸い出せ。その毒は、体内に入らなければ効果はないから大丈夫だ。そして、ヨモギを傷口に巻くのだ。いいか、我が輩はもう行くぞ!>

 ライネケ様はプリプリと怒りつつも、適切な指示を出してから消えた。

 なんだかんだいっても、ライネケ様は面倒見が良いのよね。

 私は微笑ましく思いながら、ライネケ様の指示に従った。

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