【書籍化決定】転生もふもふ令嬢のまったり領地改革記 ークールなお義兄様とあまあまスローライフを楽しんでいますー

11.葛の葉様あらわる

 キュウリのような果実を搾って、その水で男の子の足を洗った。傷口に口を付け、毒を吸い出し、地面に吐き出した。

「や、やめろ! お前に毒が!!」

 男の子は足を引こうとするが、痺れているようで思うままに身動きがとれないようだ。
 
「大丈夫」

 私は軽く答え、毒をすべて吸い出した。
 そうして、もう一度、果実の汁で傷口を清める。
 ライネケ様から教えてもらったヨモギをもみしだき、張り付けた。ハンカチを包帯代わりにしてクルクルと巻く。

 キュウリのような果実で、足輪を拭いた。
 足輪には名前が書いていなかった。

 足輪に名前がないなんて、聞いたことがない。どういうことかしら? 名前がなければ、逃亡して死んだときに見せしめにならないわ? 逃亡しても殺す気はないってことかしら?

 私は小首をかしげながら、男の子を見た。
 
「あなた、名前は?」

 男の子は、一瞬口ごもった。迷うように視線を泳がせたあと、決心したように私を見つめた。

「俺の名は、バルドル」
「バルドル、いい名前だね。私はルネ」
「ルネ、助けてくれてありがとう」

 バルドルは、礼を言って、大人びた目つきで私を見つめた。

「でも、俺のことは忘れてくれ。俺と関わったと知られたら、お前も殺されるかもしれないから」
「でも……、行く当てはあるの?」

 バルトルは頭を一振りした。否定とも肯定ともとれない笑顔を向ける。

「大丈夫! 仕事でも探すさ」

 そう言ってバルトルは、足を引きずりながら歩きだした。
 
 なにしろ、バルトルは美しく田舎町の子供には見えない。金の髪も、黄金の瞳も目立ちすぎる。
 町へ出れば、きっと追っ手に捕まるだろう。

 かといって、私に彼を守るすべはなかった。
 さすがに侯爵に匿ってほしいとは言えない。私は侯爵に好かれていないのだ。

 でも、下男の服をあげたら、少しは見つかりにくくなるんじゃないかな。

 私は思いつき、思わず呼び止める。

「待って!」

 バルトルは振り返った。

「ねぇ、その格好で街に出たらすぐに見つかっちゃうわ! せめて、服だけでも着替えて」
「でも……」
「私が帽子と服を持ってくる!」
「でも、金が払えない」
「じゃあ、大人になってからでいいから、体で払って!」

 私が言うと、バルトルは顔を赤くして自分の体を抱きしめた。

「大人になってから体で払う……?」

 困惑気なバルトルを私は不思議に思う。

 そんなに変なこと言ったかな?

「お、おま、どういう??」

 どうやら意味が伝わっていなかったらしい。

「大人になってから、ルナール領が困ったときに力を貸してほしいの。災害で人手がいるときとか、そういうときに手伝ってくれればいいの」

 私が必死に説明すると、バルトルは間の抜けたような顔をして、フッとため息をつき、笑った。

「っ、は、うん。そういう意味か。そうか……」
「ダメ? かな?」
「お前、俺が大人になるって信じてるんだな」
「? 当たり前でしょ?」

 私が小首をかしげると、バルトルは噴きだした。

「そっか、じゃあ、俺、大人にならなきゃな」

 バルトルは噛みしめるように言った。

「だからね、ちょっとここで待ってて? 服を準備してくるから!」 
「ああ」
「絶対の、絶対だよ? 動物さんたち、バルトルが逃げないように見張っててね?」

 私がお願いすると、動物たちは「キュ」と鳴いた。

「逃げないよ」

 バルトルは笑う。
 私はバルトルを森に残して、屋敷へと戻った。


 私は下男のもとへ行くと、子供用の普段着を売ってもらった。お金はお母様からもらっていたお小遣いを使う。
 そして、それらを鞄に詰め、思い立つ。

「帽子だけじゃ、あの金の髪は隠しきれないわよね。せめて、髪の色が変えられれば」

 この国には、髪の色を変える技術がない。

<できるそうだ>

 ライネケ様の声が聞こえた。

「できるの?」
<ダーキニーが話をさせろとうるさい。他の狐の精霊まで、お前に色々教えたがっていてうるさいのだ!! まったくお前というヤツは、我が輩以外にも好かれよって……>

 ライネケ様がブツブツそう言うと、ダーキニー様の声が響いた。

<妾の英知を授けようぞ。ヘンナの粉を使えば、ルナールのような紫の髪では難しいが、金の髪ならオレンジに染まるだろう>
「ヘンナの粉? どこに行けば手に入るの?」
<薬倉庫へ行けばあるだろう。薬のもととして保管されているはずじゃ>

 ダーキニー様の言葉に従い、薬倉庫へ行き、ヘンナの粉を器にわけてもらう。

 ダーキニー様にヘンナの使い方を教わりつつ、バルトルと出会った場所へ戻ると、彼は大きな木の陰に身を隠していた。
 私はそばに駆け寄ると鞄を渡した。

「はい、これ」
「……ありがとう」
「それとね、髪を染めるものを持ってきたの」

<湯が必要じゃな>

 ダーキニー様が呟くと、また別の声が響いた。

<私が案内させましょう>
<葛の葉か>

 しっとりと落ち着いた声の持ち主は、葛の葉という名前らしい。

<温泉の場所へ、この子らを案内しておくれ>

 葛の葉様が言うと、木々の間から金の狐が現れて、先を歩き出した。

 私たちは、足輪や荷物を持って狐のあとについていった。
 そこには川が流れていた。湯気の立つくぼみが川岸にあり、狐はそこに向かって「コン」と鳴く。
 湯気の立つくぼみに手を入れてみると、そこにたまった水は人肌の温度で温かった。
 私が驚くと、狐は満足そうに笑って、森の中に消えていった。

<髪の染め方は教えたとおりじゃ。頑張るのだぞ>

 そういうと、ダーキニー様と葛の葉様の気配が消えた。

 私はヘンナの入った器に、お湯を入れた。
 そうして、水で溶きドロドロにする。

「これを髪に塗って、少し待てば良いみたい」
「うえ」

 バルトルは顔をしかめた。

「でも、命には代えられないよな」

 そう言うと、ヘンナを頭に塗りつける。
 私たちは髪の染まるあいだに、いろいろなことを話した。
 
「そろそろ落としても良いかな」

 一時間ほどたったところで、川に入りヘンナを落とす。
 バルトルは上着を脱いで、川に飛び込んだ。

「うおー! きもちいい! お前こいよ、あったかいぜ!」

 バルトルはそう言って、天真爛漫に笑った。髪はオレンジ色に染まっている。水が滴って、キラキラとプリズムを作る。
 子供のわりに筋肉質な体で、思わず見蕩れる。

「……ん、なんだよ」

 バルトルは唇を尖らせ、不満そうな顔をする。

「すごい、筋肉だなと思って」
「力仕事をしてたからな」
「かっこいい!」

 感嘆すると、バルトルはドヤ顔で微笑んだ。

「だろ? 触っても良いぜ!」

 そう言うと、小川から上がってきて、彼は私の手を引っ張った。

「キャ!」

 私は突然のことに驚いて声をあげた。
 その瞬間、私の顔の横を風が走った。

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