【書籍化決定】転生もふもふ令嬢のまったり領地改革記 ークールなお義兄様とあまあまスローライフを楽しんでいますー

33.王太子登場

 翌日の昼である。

 ルナール侯爵が沈鬱な表情で私の部屋にやってきた。
 リアムは険悪な顔をしている。

「晩餐会を開くことになった」
「そうですか」

 私は答える。

「……」
「……」
「……」

 沈黙が続いてハッとする。

「もしかして、私も出席するんですか!?」

 尋ねると、お父様は無言で頷いた。

 私は、金魚のように口をパクパクとさせた。

「っ! えっ! いやっ、あの、……なんで?」

 まったく意味がわからない。

「殿下は、町で一目惚れした少女を探してここまで来たとおっしゃった。ルネのことで間違いないか?」

 問われてポカーンとする。

「え? 私? ですか?」

 心当たりはない。
 
「昨日お忍びで、修道院の奉仕活動をする美しい娘を見初めたとのことだ」
「修道院の……」

 私は小首をかしげる。

「ああ! 変なヤツ! いた! フード被ってさ『あれがほしい!!』ってルネに指差してたお坊ちゃん」

 バルが言い、ああ、と私は手を打った。

「えっ! あれ、王太子殿下だったんですか!? 私すごく失礼なことしちゃったかも」
「ルネは失礼じゃないよ」

 お兄様はニッコリ笑うが、目は怒っている。

「どうやら、ルネが我が家の養女であることを突き止めてやってきたのだ。どうしても会わせてほしいと……。そういうことには知恵が回る」

 お父様は苦虫をかみつぶしたような顔をする。

「でも、だって、私は平民で、孤児で、キツネ耳がついてるって……説明しました?」
「すべて説明した。病弱で部屋から出られないとも言った。しかし、諦めてくださらない。お前と会うまで帰らないとごねていらっしゃる」

 私は開いた口が広がらない。

「うわー……。やばー……」

 バルが代わりに、驚きの声を上げる。

「やっぱり私は反対です。ルネを『買う』と言ったんですよ、あの馬鹿は」

 お兄様、王太子に向かって馬鹿とか言っちゃってるし。

「馬鹿などと言えば、不敬に当たる。まだ見識が狭く、年の割に幼いようではあるが」

 お父様も無表情のまま、辛辣な言葉を吐いた。

「だからこそ、早めに追い出したいとも思うのだ。いつまでも居座られ、国王が出てきたら面倒なことになる。本当に申し訳ない。少しだけ、顔を出してはもらえないか」

 お父様の言葉に私は頭を抱えた。
 しかし、断れる状況ではない。
 王太子の命令なのだ。

「……わかりました……」

 死んだ魚のような目で、私は答えた。



*****

 そして、晩餐会である。

 私はお父様に抱かれて、晩餐会に向かっている。
 美しい紫色のドレスは、ルナール侯爵家らしい。銀のレースが月光のように輝いている。

 あまりに綺麗に飾り立てられ、私は不安に駆られていた。

 お父様は私を売り渡すつもりじゃないかしら? 早く帰って欲しいって言っていたし……。それが一番手っ取り早いもの。

 暗い顔で俯く。

「似合っているよ、ルネ」

 リアムが甘い声で誉めてくれる。
 私は嬉しくてピコピコと耳が動く。尻尾もユラユラ揺れてしまう。

「ありがとう。お兄様。お兄様も素敵」

 リアムも私とおそろいの生地のスーツに身を包んでいる。

 お母様は私とリアムを見てご機嫌だ。

「やっぱり、可愛いわ。ふたりが並ぶと、とっても素敵。あつらえておいて良かったわ」

 お母様が用意してくれた物だと聞き、少しホッとした。

 バルは部屋に残されている。
 しかたがない。万が一にも、異母弟だとバレてしまったら大問題だからだ。
 死んだはずの婚外子が生きていることを皇后が知ったら、また、暗殺者を仕向けるだろう。
 それに、秘密で育てていたのがルナール侯爵家だとわかったら、皇后との間に確執が生まれる。

 お父様は、いずれバルと国王を合わせたいと考えている。
 しかし、今はまだその時期ではないのだ。


 晩餐会が始まった。
 私はリアムの膝の上にいる。
 マナーもへったくれもない状況である。

 遅れてやってきたヘズルが、その状況を見てパァァァと表情明るくした。
 フードを取ったヘズルは、薄い金色の髪に琥珀色の瞳を持つ美しい少年だった。
 しかし、バルと比べてみると、その黄金の輝きは精彩を欠いて見えた。

「侯爵の嘘かと思っていたが、本当なのか!! おい! 女! なんだその耳! 尻尾もあるのか! 触らせろ!!」

 私は慌てて自分の尻尾を抱きしめた。
 大事な大事な尻尾だ。
 お兄様以外に触らせる気はない。

「おかけになってください。王太子殿下」

 お父様がいつもどおりの無表情で言葉を遮る。
 国王の忠臣である、ルナール侯爵の威厳の前に、ヘズルはオズオズと従った。

「突然のご来訪のため、なにも準備はできていませんが、どうぞお召し上がりください」

 そう侯爵が言い、食事がはじまる。
 
 見事なまでに、ヘズルの苦手なキノコ料理がそろっている。
 私は前世で王太子妃だったので、彼の嫌いなものは熟知していた。

 お父様は知っていてこの料理なのかしら?

 私は不思議に思う。

「お父様、このキノコ、美味しいですね」

 私が言うと、お父様は満足げに笑った。

「さすが、ルネはよくわかっている。これは珍しいキノコで、ブタでないと探せないのだ。王太子殿下も、ぜひ、ご笑味ください」

 圧のある笑顔でそう言われ、ヘズルはウウと唸る。

「そ、そんなことよりも、そのキツネ女に挨拶をさせろ!」

 ヘズルが言う。

 お母様がにこやかに微笑んだ。

「王太子殿下の教育係はいったいなにをしていたのでしょう? 淑女に対してその言葉使いとは。王妃様も心を痛めておいででしょうね」

 ヒョウ、と冷たい風が吹いた。

 王太子はグッと唇を噛む。

「……そこにおいでの美しい令嬢は、ルナール侯爵家のご息女だと聞いている。名前を伺ってもよろしいか」

 ヘズルは絞り出すようにそう言って、お父様を見た。
 
 お父様は鷹揚に頷いた。

「この子は、ルネ・ルナール。我が侯爵家の養女です。平民で孤児だった子供です。失礼は大目に見ていただきたく存じます」
「ああ、わかった。失礼は大目に見てやるから、ルネ、俺の物になれ」

 いきなりの言い草に、お母様がフォークを落とす。

 まったく前世と同じセリフに、私は驚き、耳を倒してリアムにギュッとすがりついた。

「王太子殿下、ご冗談が過ぎます。ルネは我が侯爵家の娘、物のように扱われては困ります」

 リアムがギロリと睨む。どす黒いオーラが背中に漂っている。
 ヒュッと王太子が息を飲んだ。

「あ、いや、言い方が、悪かった。ほら、でも、こんなに美しいご令嬢だ。こんな田舎でくすぶっているのはもったいない。平民出身で、獣の耳があるんだ。どうせまともな結婚などできないだろう。だったら、俺の後宮にくれば贅沢な暮らしができるぞ!」

 まるで悪いことを言っているつもりはないようすで、王太子は嬉々として提案する。

「そもそも、ルナール家からは王妃を取らない約束になっているからな。側妃くらいなら父上もお許しになるだろう。側妃でもその辺の貴族の妾になるよりはずっといい」

 しかし、言葉を重ねれば重ねるほど、部屋の空気は険悪になる。

「ルネを妾だなんて……」

 お母様は顔を真っ青にして今にも倒れそうだ。

「だって、それはそうだろう? 卑しい身分で貴族の本妻など、烏滸がましいというものだ」

 ヘズルが同意を求めるように笑ったが、部屋の中はシーンと静まりかえっている。
 そこでようやくヘズルは失言に気がついた。

「あ、いや、悪い意味では……」

 ハハハとごまかし笑いをしながら、周りを見渡す。
 きっと彼は『光栄です』と返事が来ると思っていたのだろう。きっと、他の貴族であれば、王太子の側妃の話を断ったりはしないからだ。

 しかし相手が悪かった。


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