貴方はきっと、性に囚われているだけ

出会い

 朝、一番に行うのが首輪の装着だ。次に着替え。それからリビングに下りていく。それが、楠一葉(くすのきかずは)の毎日だ。
 朝食を家族と共にとり、部屋に戻り鞄の中身を確認する。抑制剤がきちんと入っていることを確認すると、玄関に行き靴を履く。
「いってきまーす」
「姉ちゃん、俺も行くってば」
 弟の双葉と共に学校へ向かう。校舎の前で待っているとどうしても首輪に視線が注がれる。向けられる視線にはもう慣れてはいるが、双葉には未だに慣れないようだった。
「人の姉貴をじろじろ見るなよな。ったく……」
「双葉、私は気にしてないから大丈夫よ」
「それでも! じろじろ見るのは失礼だろ」
 憤慨する双葉にたじろぎながら、一葉は微笑む。弟はβだ。オメガの自分を守ろうとしてくれているのだろう。そう思うと、嬉しいやら申し訳ないやら、複雑な気持ちになる。
「おッはよー! 一葉、双葉!」
「あ、花梨。おはよう」
「ども。じゃ。、俺も行くな。花梨さん、姉ちゃんのこと頼みます」
 そう言うと、双葉は同級生の元に走っていった。毎日のこととはいえ、こうして朝は花梨と会うまで待っててもらうのは高校生にもなってどうなのだろうか――。そんなことを思っていると、花梨は手を引き校舎へと歩き出した。
「ほらほら、今日は朝から全校集会があるんだから。早く行こう」
「あ、待ってよ花梨」
 手を引かれながら、校舎へと駆けだす。一瞬、視線を感じたが、気の所為だったのだろうか?



 朝の全校集会と言っても、朝礼があるだけだ。背が低い一葉は見上げても他の生徒の身長が高く前が見えないので何時も俯いている。校長の挨拶が終わり、生徒会長の挨拶が始まると、急に動悸がしてきた。深呼吸をしてもそれは落ち着かず、寧ろ鼓動は早くなる一方だ。頬も紅潮し、息が忙しなくなる。胸を押さえ、体を丸めた。もしかしなくても、ヒートの症状だ。
(なんで? どうして? まだ発情まで時期はあるのに……っ)
 はあ、はあ、と忙しなくなる呼吸。立ってもいられなくなりそうだ。
「一葉? どうしたの?」
 すぐ後ろの花梨が声を掛けてくれる。だが、その声にも返事が返せないくらい息が苦しい。頬だけでなく、顔全体が赤くなる。汗腺という汗腺から汗が噴き出る。フェロモンが溢れて、周りがざわめきだした。
「一葉、抑制剤は?」
 慌てて花梨が訊ねる。だが、まだヒートの周期でないからと手元に持っていなかった。ふるふると首を振る一葉を抱き留め、「誰か、抑制剤もってないですか!?」と花梨が叫ぶ。周りの人は我関せずなのか、それとも持っていないのか、誰も抑制剤をくれる人はいなかった。教師も慌てて保健室に取りに行っているようだが、間に合わなそうだと他人事のように一葉は感じた。
《Ωのヒートだってよ……》
《傍迷惑よね……》
 そんな声が周りから囁かれる。自分だって、好きでこうなってるわけじゃないのに……。そう思っても、言葉にすることも出来ない。
 いよいよ苦しくなり、下着がぐっしょりと濡れだした時、一人の男子生徒が駆け寄ってきた。
「大丈夫。さあ、ゆっくり呼吸をして」
 優しい声に言われるがまま、深呼吸をする。瞬間、口を何かが塞いだ。
「ん、んぅ……っ、う、んんっ」
 塞いだものが誰かの唇だと理解し、目を見開く。相手を押しやろうとするが、腕に力が入らない。翳んだ目では相手が誰かわからないが、舌が咥内に押し入り、何かを捻じ込んでくる。唾液も流し込まれ、ゆっくりと捻じ込まれたものを飲み込む。
「ぷはっ、はぁ、はぁ……」
「うん、これでもう大丈夫だよ。α用の抑制剤だけど、時期に効いて来る筈だよ。僕の運命」
 そう言いながら、体を横に抱き上げられる。そのまま教師に軽く話しかけると、一葉を連れて体育館を出た。
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