貴方はきっと、性に囚われているだけ

彼の名は

「あの、もう大丈夫ですからっ」
「そういう訳にはいかない。君は今ヒートを起こしている。そんな君をあんな人の多い所には置いておけないさ」
 力の入らない体でなんとか体勢を変えようとするが、全く力が入らない。それ所か、抑制剤を飲んだのにも関わらずまだ体の熱が引かない。下着から溢れた愛液はスカートに染みを作りそうな勢いだ。
「ひ、ひとりで歩けます! だから、下ろして……っ」
「うーん……無理だね。今の君はヒート真っ盛りな状態みたいだし、歩くのも一苦労の筈さ。それに……」
 そう言いながら、顔を耳元に寄せてくる。髪の一房が頬にかかるだけでも、快感として体は拾ってしまう。
「……君、もう下着の中はぐっしょりだろ?」
「~~~~っ」
 言い当てられ、頬が更に紅潮する。耳元で囁かれ、その瞬間に再び愛液がたっぷりと溢れた。一葉は耳まで真っ赤に染める。
「さあ、もうすぐ保健室だ。それまで大人しくしていてくれ」
 言いくるめられた気がしてならないが、ここは大人しくしているしかない。それに、先程言われた一言も気になる。
 ガラリと保健室のドアを開け、保険医にベッドを借りる旨を話す男子生徒。そのままベッドまで運ばれ、横にされた。
「さあ、ゆっくりしているといい。僕の運命」
「……あの、運命って何ですか?」
 掛け布団を掛けながら、一葉の言葉に目を瞬かせる。すると彼はすぐににこりと微笑んだ。
「言葉のままさ。僕は立花琉斗(たちばなりゅうと)。この学校の生徒会長であり、αだ」
 α。その言葉を聞き、一葉はギュッと掛け布団を握り締めた。αはΩを見下している人が殆どだ。彼もその一人なのだろうか……。いや、フェロモンをまき散らしていたΩに近付き抑制剤を渡してくれた人がそんなことはしないと思う。そう思いたい。しかし……。
「その、抑制剤ありがとうございます……。でも、く、口移しで渡す意味はなかったかと思います……」
「そうかい? その方が手っ取り早いと思ったんだけどね」
「うう……私の初めて……」
 つい零れた一葉の一言に、琉斗は頬を緩ませた。
「それは光栄だ。運命の番である君のファーストキスを奪えるなんて、最高だよ」
 声を弾ませながらそう話す琉斗に、一葉は「え?」と目を瞬かせた。今、彼はなんて言ったの?
「あの、今なんて……?」
「ん? 運命の番だと言ったんだ」
 その言葉に、一葉は勢いよく起き上がり言葉を発した。
「運命なんて絶対に違います!」
 自分でも驚く声量に、琉斗はキョトンとした表情を浮かべた。しかし、すぐさま真剣な表情へと変った。
「いいや、絶対に運命だ。校舎に向かう君を見た瞬間から、運命だって直感したんだ」
「で、でも……私なんかが生徒会長の運命の番だなんて……」
「信じて。僕はこの直感を信じる。だから、君も信じて欲しい。君が好きだ」
 手を握られ、真っすぐ熱い視線で見つめられる。一葉は次第に頬が紅潮していくのがわかった。
 どうして、そこまで言い切れるの? わからない、わからないのが怖い。一葉は琉斗の目を直視出来ず目を瞑った。そんな一葉に、琉斗は微笑みながら頭をポン、と撫でた。
「今すぐに理解してくれとは言わない。だけど、僕は今日から君に全力でアプローチしていくからそのつもりでね」
 じゃあね、と椅子から立ちあがり、保健室を後にする琉斗。一葉は目で追うことしかできなかった。
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