貴方はきっと、性に囚われているだけ
「次が最後の場所だよ」
 バイクに乗りながらそう告げられ、向かった先は一軒家だった。外観はシンプルながら大きな家の駐車場にバイクを停め、二人はその家の中に入っていく。
「先輩、ここは……?」
「僕の家。お昼はデリバリーにしよう」
 そう言いながら、琉斗に連れられリビングへと向かう。スマートフォンでピザを注文する琉斗の傍ら、一葉は椅子に腰掛けさせてもらう。琉斗の匂いのする室内に、ドキドキと鼓動が高鳴る。緊張している一葉の隣に腰掛け、琉斗は微かに顔を寄せた。
「緊張してる? ……汗の匂いがする」
「やっ」
 匂いを嗅がれ、恥かしさに距離を取ろうとする。だが、寸での所で肩を抱かれ阻まれてしまった。スン、と何度も匂いを嗅がれ、恥かしさに顔が赤く染まっていく。顔を寄せられ、ギュッと目を瞑ると唇を塞がれた。そっと離れて行く気配に目をゆっくりと開けると、目の前には微かに頬を紅潮させている琉斗の姿があった。その顔を見て、一葉は耳まで赤く染めてしまう。
 そんな時、チャイムが鳴った。慌てて応対に向かった琉斗の背中を見ながら、一葉は重ねられた唇の温かさに酔い痴れそうだった。


 昼食は互いに無言だった。先程のことを思い出しかけ、ついピザを頬張ってしまう。チラリと視線を向けると、未だ頬の赤い一葉とは違い、琉斗は既に頬の赤みも引き普段通りの表情である。そんな琉斗と視線が交わり、ゴクンとピザを飲み込んだ。
「……さっきの、続き、期待しちゃった?」
 微笑まれながらそう告げられ、一葉の顔が次第に赤くなっていく。そんな一葉に、琉斗は肩を震わせ、盛大に笑い声をあげた。
「もうっ、立花先輩、酷いです!」
「あはははは、ごめんごめん」
 もう、と頬を膨らませる一葉に、琉斗は笑いながらも謝ってくる。漸く、会話が出来た。それが嬉しくて、一葉は微笑んだ。


 帰り際、琉斗に手を差し伸べられる。おずおずとその手に自身の手を重ね、握りしめられる。歩くこと数分、一葉の家が見えてきた。玄関前まで来て、手を離す。少し名残惜しいと感じてしまうのは気の所為ではないだろう。
「一葉」
 名を呼ばれ、視線を上げる。そっと近づいてきた顔に静かに目を閉じ、唇を重ねる。
「……また明日、学校で会おう」
「はい……」
 手を上げながら、琉斗が去って行く。彼の背中が見えなくなるまでその場から動けなかった。玄関のドアを開け、「ただいま」と言うと一目散に自室へと駆けこんだ。胸ははち切れそうな程ドキドキと鼓動を打ち、耳の先まで真っ赤になっているのが自分でもわかった。のろのろとベッドまで向かい、座り込む。買って貰ったイルカのぬいぐるみを抱き締め、一葉はポツリと呟く。
「……好き」
 そうだ、先輩のことが、好きになってしまったんだ。もしかすると、最初の頃から好きだったのかもしれない。
 でも。
(先輩は私がΩだから、先輩は運命だと思ってるだけ……好きとか、そんなの性に囚われてるからそう思ってるだけなのよ)
 好きなことを自覚した分、一葉には琉斗の想いが性に囚われているからだと思い込んだ。そうでなければ、自分なんかを好きになる訳ない。そう、強く思った。
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