貴方はきっと、性に囚われているだけ

転機

 デートから数日後、普段と変わりなく過ごす日々が続いた。変わったことといえば、一葉の中に琉斗への好意が芽生えたことだ。だが、それは言わないでおく。告白すれば琉斗は喜ぶかもしれない。でも、琉斗の向ける自身への好意は、きっとバース性に囚われているからそう感じているだけだ。本当に好きな人が出来た時、邪魔にはなりたくない。だから、この気持ちは一生、心の中に仕舞い込んでおこうと思う。一葉はそう決意を固めた。

 そんなある日のこと。ヒートの周期で学校を休みだした初日、琉斗からメッセージが届いた。

 お昼前に、大事な話があるんだ。会えるか?

 忘れてた。先輩には休みのことを言ってなかった。だが、大事な話があると言われれば行かない訳にはいかない。のろのろと気怠い体を起こし、抑制剤を多めに服用する。これで学校に行っても大丈夫だろう。一葉は制服に着替え、学校へと向かった。



 三学年の教室がある階に行くのは少し怖かったが、覚束ない足取りで何とか階段を登りきる。スマートフォンで踊り場まで来たことを連絡していると、ふと視界に影が入り込んだ。顔を上げると、複数人の女生徒に囲まれていた。
「あの、なにか用でしょうか……?」
「あんた、フェロモンまき散らして琉斗を誑かさないでよ」
「え?」
 その言葉に、何時ものお昼時の視線の意味がわかった。この人たちは、先輩のことが好きなんだ。でも、そう思われるのは心外だった。
「そんなことしてません」
 すぐさま反論するが、女生徒たちは鼻で笑いながら一葉を見下ろした。
「琉斗はΩだからあんたなんかと一緒に居るだけよ。それなのにいい気になって……調子に乗らないでよね」
 思っていたことを他人に言われるのは辛い。俯く一葉に、更に暴言を浴びせようとした女生徒たちだったが、足音が近付いてきてすぐさま去って行った。
「一葉、お待たせ!」
 肩で息をしながら駆け寄ってくる琉斗に、一葉は視線を上げた。
「立花、先輩……」
「待たせてごめん。顔が赤いけど、大丈夫かい?」
 辛そうだと手を伸ばし、額に手を当てる琉斗。その仕草だけで頬が赤くなる。だが、先程の女生徒の言葉が脳裏に蘇り、咄嗟に琉斗の手を払った。
「一葉?」
 どうしたと心配する琉斗に、一葉は目を合わせる。目には涙の膜が張られ、いつ決壊してもおかしくない状態だ。
「……先輩は、バース性に囚われているだけです。でも、それでも私は貴方のことが好き。好きになっちゃったんです……ごめんなさい」
 耐え切れず、涙の膜が決壊し頬を伝っていく。はらはらと流れる涙を拭うこともせず、「ごめんなさい」と繰り返す一葉。そんな一葉に、琉斗は苛立つように舌打ちをした。ビクッと肩が跳ねる。怒らせてしまったかもしれない。どうしようと考える一葉の手を掴み、琉斗は教室へと向かう。驚く一葉を余所に、琉斗は鞄を取り教室を後にする。無言で歩きだす琉斗に連れられ、一葉はそのまま学校を出た。早歩きでどんどん進む琉斗に連れられ、琉斗の自宅に連れ込まれた。
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