ブランカ/Blanca―30代女性警察官の日常コメディ
 そう優しく言うと葉梨は後退りした。なぜだろうか。そう思いながら私は岡島に向き直り、また話を始めた。

「なんでよ?」
「葉梨はまだ吸収出来る」

 ――誰の色にも染まっていないという意味か。

「経歴調べたけど、手垢まみれじゃない?」
「だろ? でも白いんだよ。誰にも染まりたくないんじゃね?」
「吸収した上で、独自の色を出したい、と」
「うん」

 面白そうだな、そう思っていると、岡島は「あとね、葉梨は奈緒ちゃんを女として見ないから安心して」と言った。

「なにそれ?」
「目を見れば分かるでしょ?」

 確かにそうだ。葉梨は岡島が私たちに話しかける前、相澤が私に話しかけている姿を不審に思っているような目で見ていた。イルカの絵を売りつける女だと思ったのだろうか。相澤は警察官なのに。
 そして私が岡島と相澤の同期で、今日の飲み会に同席する女だと分かって一瞬、目が動いた。
 だがその姿は私を女として見ているものでは無かった。おそらく怖かったのだろう。

「奈緒ちゃんはそういうの嫌でしょ? でも葉梨は大丈夫だから」
「でもあんた口が軽いよ?」
「うん」
「どうせ根も葉もない噂を流すんでしょ?」
「うん」

 いつもの岡島に腹が立った私は裏拳をお見舞いした。

「痛たたたっ!!」
「ええっ!? 奈緒ちゃんまたっ!?」
「うん」
「もうっ! 奈緒ちゃんだめだよ!」

 顎を押さえてしょんぼりした顔をするチンピラ、頬を膨らませて怒っているゴリラ、恐怖の面持ちで後退りする熊を置いて、私は一人、早歩きでいつもの居酒屋へ向かった。
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