ブランカ/Blanca―30代女性警察官の日常コメディ

第21話 ラティーナとアディオスとパンイチと

 午後八時二十分

 メキシコ料理店を後にした私たちは、公園に行く事にした。

 符牒を決めるから防犯カメラがあるところでは無い方が良い。ここから十分ほど歩くと大きい公園があると葉梨が言い、私たちはそこに行く事になったのだが、公園までの道すがら、葉梨はメキシコ料理店の話を始めた。

 会計が済み、ドアまで見送りに来たラテン系の明るく朗らかな外国人女性店員が、「ノス べモス!」と言い、すぐにその店員は、「スペイン語で『また会おうね』という意味ですよ」と言った。
 店を出た私は、「アディオスじゃないんだね」と葉梨に言うと、「そうですね」と答えた。私はそれで話は終わったと思ったが、葉梨はまたその話を始めたのだ。

「加藤さん、アディオスは日本語で言うところの『さようなら』なので、あまり使わないようです」
「そうなんだ」
「あの、『さようなら』よりも、もう一段階上くらいです」
「えっと、もう会えない事が分かってる時とか?」
「そうですね、もう会わない時です」

 アディオスは二度と会うつもりがない時に使う言葉なのか。葉梨がこの話を私にした意図は何だろうか。それに葉梨は私の言葉を繰り返さず、視点を変えた。なぜだ。そう私が考えていると、葉梨は言った。

「加藤さんは、俺を守るって言ってくれましたよね」

 ――どうした。

 見上げる葉梨は前を向いたまま私を見ない。
 何か、言って欲しい。
 そんな事を考えながら歩いているうちに、目的地に着いた。

 公園の入口の脇には鋼鉄製の門扉があるが、緑豊かな広いこの公園は夜間も開いている。そこを通り抜けて中に入ると、すぐ目の前に噴水が見えた。
 賑やかな喧騒に包まれたオフィス街の外れにあるこの公園には、今はもうほとんど人はいない。

 不意に涼やかな風が吹き抜けていった。

 ふと見上げた空では大きな月が輝いている。煌々と照らす月光が、辺りの闇を払っているようだった。
 公園の奥の方にぽつりと見える街灯の光が、まるでスポットライトのように暗闇に浮かんでいた。

 公園に入ってからも葉梨は何も言わなかった。

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