ブランカ/Blanca―30代女性警察官の日常コメディ
 午後二時二十四分

 私は今、葉梨の実家の応接間で符牒を決めている。

 私たちには共通する符牒はあるが、個人的に決める符牒もある。
 相澤との符牒はある程度、松永さんと共通したものだ。
 それは松永さんの指示でそうする事になったのだが、理由は相澤が若干ポンコツだからだ。松永さんがいつでも確認出来るようにする為に共通にしたのだった。

 葉梨と岡島の二人だけの符牒はもちろんある。
 私はそれがどんなものがあるのかを聞いたが、それを決めるのもどうかと思うし、素直に教えられて覚えた葉梨もどうなのかと思った。

「なんで『おんぶ』なんて決めたの?」
「岡島さんはおんぶして欲しい時があるそうなので」
「バカなの?」
「…………」

 その符牒が生きた時はあったのか問うと、一度だけあったと言う。官舎の近所で飲み、ほろ酔い気分で符牒を送った岡島を葉梨はおんぶして帰ったという。

「バカなの?」
「…………」

 その時、応接間の向こうの玄関に入って来た人がいた。話し声が聞こえる。
 お手伝いさんの声と、女性の声だ。お母様の声ではなかった。
 葉梨は妹が帰宅したと言った。
 私はご挨拶をしないといけないと思い、それを葉梨に伝えた時だった。お手伝いさんの言葉に驚いた。

将由坊(まさよしぼっ)ちゃまに御客様がいらしています」

 ――坊ちゃま! 坊ちゃま!!

 確かにお手伝いさんからしたら葉梨は坊ちゃまだ。
 だが当の坊ちゃまは闇金の取り立てみたいな格好が似合う坊ちゃまだ。いいのかそれで。

「坊ちゃま……」
「はい……恥ずかしいからもうやめて欲しいですけど……仕方ないです」

 妹さんは客人が誰かと聞いていて、お手伝いさんは先輩だと答えていた。私はご挨拶しようと思ったが、葉梨は決めた符牒を練習している。
 妹さんにもご都合があるだろう。帰宅してすぐだ。頃合いを見て葉梨に紹介して頂こうと思った。

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