ブランカ/Blanca―30代女性警察官の日常コメディ
 応接間から微妙にがっがり顔で去った麻衣子さんの事を葉梨に聞くと、やはりそうだった。
 岡島は葉梨が実家に帰る時の二回に一回は付いて来るという。迷惑なチンピラめ。

 麻衣子さんはチンピラ時代の岡島を怖がっていたが、令和最新版インテリヤクザに徐々に変遷している今年春頃から岡島の見た目の良さを認識し、フォーリンラブしたようだと葉梨は言う。

「岡島には言ったの?」
「言っていませんけど……」

 岡島は麻衣子さんの変化に気づいていて、二回に一回は付いて来ていた実家訪問は六月を最後に来ていないという。

「岡島も賢いね」
「と言いますと?」
「だって付き合って別れたら、葉梨との関係が悪くなる」

 岡島は合コンで知り合った女と付き合う事はあるが、長続きしない。これは警察官だから仕事故に仕方のない事だ。もし麻衣子さんと付き合ったとしても同じ事になる。

「でも妹はけっこう……あの……」
「あのさ、葉梨は良いの? 岡島が義弟になるの」

 私の言葉を聞いた葉梨は固まった。ピタッと。まるで静止画のようだ。
 無理もない。先輩のチンピラが義弟になるのは嫌だろう。
 それに私も困る。葉梨の妹と岡島が恋人同士なら岡島を抹殺出来ない。それは本当に困るのだ。

「葉梨、任せて。私が諦めさせるから」

 ◇

 午後三時四十分

 私は今、麻衣子さんとお茶を飲んでいる。膝にはクルミちゃんがいる。

 岡島と私が同期だと知ると麻衣子さんは目を輝かせていろいろと聞いてきた。
 だが私が警察学校で岡島から膝カックンされた時の話をした時、彼女は眉根を寄せた。
 お嬢様は岡島の粗暴な行いに眉根を寄せたのかと思ったが違った。こう言ったのだ。

「加藤さんは背がお高くていらっしゃいますから、岡島さんはあまり腰を屈めなくとも膝カックンが出来たのでしょうね」

 ――これは霞ヶ関文学だろうか。

「はい。そのようでした」

 私はそう言うしかなかった。
 霞ヶ関文学解読は高卒の末端警察官がやる事ではない。桜田門とか署の上の方の人が解読するものだ。それに岡島は腰を屈めずに膝カックンしたのは事実だ。

 葉梨なら意味が分かるかと思い、麻衣子さんの隣でウニちゃんのお腹をこちょこちょしていた葉梨を見ると、指が止まってウニちゃんを見つめていた。

 ――お兄ちゃんも霞ヶ関文学は難しかったのかな。

 葉梨には諦めさせるとは言ったものの、麻衣子さんが岡島の事を話す時の目の輝きをいざ目の当たりにすると、同じ女としては応援したいとも思ってしまった。
 どうしようか。
 仕方ない。岡島に相談してみよう。私はそう思った。
< 140 / 257 >

この作品をシェア

pagetop