ブランカ/Blanca―30代女性警察官の日常コメディ
 午後九時四十分

 ホテルを出て最寄りの地下鉄の駅まで歩いている。

「花束はカバンに入れられないですから、ご迷惑だったかも知れません」
「そんな事ないよ、ありがとう」

 見上げる葉梨は私を気遣っている。葉梨は本当に良い人だ。

「葉梨、私は見せびらかしながら帰るよ」
「ん?」
「自分は後輩に慕われているんです、って」
「あー、ははっ」

 ホテルでフレンチディナーをご馳走してくれる後輩がいる。すごくお洒落な格好をして、私をもてなしてくれる後輩がいるのだ。私は幸せ者だ。だが――。

「葉梨、あのさ」
「はい」

 私が立ち止まると葉梨も止まり、私の正面に立った。

「食事代、高かったでしょう? 自分が食べた分は払う」
「ああ、いいんです、加藤さんのお誕生日ですから、いいんです」
「でも……あの、じゃあさ、葉梨が食べた分を私が払うよ」
「それって同じ事じゃ?」
「んふっ、そうだけど、さ」

 葉梨の誕生日にご馳走するのは当然としても、私はここまで出せない。それに葉梨は年下だ。給料の額は知っている。こんな高級ホテルでディナーなど、ものすごい無理をしている事くらい分かる。
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