ブランカ/Blanca―30代女性警察官の日常コメディ
 署の裏門から出て左に行き、徒歩三分の会社まで歩いているが、須藤さんはチラチラと私を見ている。

 防犯講話は近隣の会社の講堂をお借りしている。
 署では防犯講話をちゃんとやりましたよ、という証拠保全が出来るし、その会社は警察官を招いて地域住民が出席する防犯講話を講堂でやりましたよ、という地域貢献の実績が出来る。ウィンウィンだ。
 そして防犯講話では特殊詐欺や空き巣などの話をするから、とりあえず出席者は用心するようになる。ウィンウィンウィンだ。

「加藤、さ……」
「はい。なんでしょうか」

 須藤さんのこの顔は、アレだ。
 とっても言いづらい事を言わなくてはならない時のジェントルポリスメンの顔だ。

「……どのような事でも受け止めます。おっしゃって下さい」
「うーん……あの、ごめんね」

 これはアレだ。
 パワハラはするがセクハラにはもっっっのすごく厳しい須藤さんがセクハラに該当する発言をするのだろう。
 パワハラにもそれくらい気を遣って、というかパワハラもやめれば本物のジェントルポリスメンになれるのにとはいつも思うが、今はその話は置いておく。

「服と髪型と顔が合って、ない」
「全部、アウト?」
「ううん、奈緒ちゃんの顔つきと、その清楚系のスタイルが合ってない」
「……そうですか。すみません」
「いや、違うって、良いんだよ? 奈緒ちゃんは美人だしね、良いと思う。だけど、あの……」

 ――もっっっのすごい気を遣ってる。

「どうしましょう……」
「あの、笑顔をさ、練習しよう、よ」
「ここで?」
「うーん、しないと、ダメだよね?」

 仕方ない。
 笑顔の練習をしなければならないだろう。
 須藤さんがここまで言うのだ。私には言わせてしまった責任もある。

「えっと、あれ、なんだっけな、あ、アヒル口だ」
「アヒル口」
「そうそう」
「ババアがアヒル口を?」
「……しょうがないでしょ?」

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