ブランカ/Blanca―30代女性警察官の日常コメディ
 講話は須藤さんがする。私は突っ立てるだけだ。
 だからその間だけアヒル口で微笑んでおけば良いのだが、須藤さんと顔を突き合わせてアヒル口の練習をするとは思わなかった。

 ――須藤さんのアヒル口、ちょっと可愛い。

「違う、もうちょいほっぺたを……」
「んー」
「えっと、唇をさ……ああん!」
「んー」

 須藤さんは私のメイクが落ちないようにハンカチ越しに私の頬をムニムニしている。
 アヒル口は、世の女の子は自然に出来るのだろうか。私には難しい。

「あら、須藤さん、おはようございます」
「んんっ!?」

 須藤さんの背後に小柄な女性がいた。年齢は私より少し上だろうか。
 ライトグレーのスカートスーツでサーモンピンクのブラウス、黒髪ボブの大人しそうな女性だ。
 丸顔で目が大きくて可愛らしい。色白でムニムニしている。

 女性の声に驚いた須藤さんは私のほっぺたを強く掴みながら振り向いた。

「ああ、いしか――」
「痛たたたたっ! 須藤さっ! 痛ほっぺ、たっ!」
「んんっ!?」

 頬を引っ張られ、体がよろけた私を須藤さんは腰に腕を回して受け止めた。私は須藤さんの腕にしがみついたのだが、その姿を見た女性は引いていた。

 ――すみません。ところでどなたですか。

 私と須藤さんは体勢を立て直してその女性に向き直り、ご挨拶をした。

「お見苦しいところをお見せして申し訳ございませんでした。こちらは加藤です。いつもの本城は休みなので、代わりに連れてきました」
「はじめまして! 加藤です!」

 その女性は会社名と所属を言った。講堂を借りる会社だ。

「石川と申します。はじめまして。よろしくお願いいたします」

 顔を上げた石川さんは、少しだけ険のある目をしていた。無理もない。警察官のパワハラとセクハラを目の当たりにしたのだ。

 ――警察官にあるまじき行為でウンタラカンタラ。

 警察官の不祥事ニュースでよくあるテンプレが思い浮かぶ。警察官にあるまじき行為は一般市民が同じ事をしてもあるまじき行為だとは思うが、立場上、言わないでいる。

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