ブランカ/Blanca―30代女性警察官の日常コメディ
 葉梨は後部座席のシートに並んで座る二人をルームミラー越しに見て、笑ったような気がした。
 振り向いて見てみると、二人は寄り添うようにして眠っている。中山さんは目を閉じて微笑んでいた。
 そして葉梨が口を開いた。
 私に聞かせるという感じではなく、独り言のような言い方だった。

「須藤さん、中山さんの肩を抱いてます」

 二人は師弟関係というか兄弟というか、強固な信頼関係で結ばれている。
 それは言葉や態度の端々からも伝わってくるし、今回の任務でも痛感させられた。

『奈緒ちゃん、走る体力だけは残しておいて。何かあったら俺らを見捨てて良い。走って逃げて』

 私は任務中、その言葉を何度も頭の中で繰り返し再生していた。

 特別任務の際に生命が危ぶまれる状況になった場合は、松永さん、私の順に切り捨てられる。
 松永さんは次男で独身、長男の敦志さんには既に男の子が二人いるからだ。
 中山さんは特別任務をする為に警察官になった人だから、生きていなければならない人――。なのに、須藤さんは私に逃げろと言った。その意味は重い。

「葉梨はこの後の世話もしてくれるの?」
「はい。そのように言われています」
「そっか……先に言っておくけど、この前の比じゃないよ」
「えっ……」

 前回同様に療養中の私たちへ水や食事の用意をして、あとは生存確認をするだけだと思っているのだろう。
 だが須藤さんが(しな)びたチンパンジーになっている以上、葉梨にとってはちょっとした地獄かもしれない。

「頑張ってね」
「……はい」

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