ブランカ/Blanca―30代女性警察官の日常コメディ
 午前九時二十八分

 会社の受付で内線連絡して、入口にあるソファで間宮さんと待っていると、中から総務課の石川さんが出て来た。

 石川さんは私に微笑み、隣にいる男性へと視線を動かしたが、チンパンジーではなくゴリラと熊のハイブリッドがいる事に驚いてピタッと、ピタッと立ち止まった。まるで野生動物とエンカウントしたかのように――。

 ――だから間宮さんをシャバに出すなとあれほど。

 だがチンパンジーが萎びているから仕方ないのだ。ゴリラと熊のハイブリッドで我慢して欲しい。

 私も間宮さんも立ち上がり、間宮さんは石川さんにご挨拶をした。

「おはようございます。はじめまして。本日は須藤の代わりに私、間宮が参りました。かねてよりお電話でお話をさせていただいておりましたが、初めてお会いいたします。どうぞよろしくお願いします」

 シャバには出してはいけない間宮さんが、一生懸命シャバ用スマイルで、シャバ用ボイスでジェントルポリスメンを演じている。よく頑張った。
 だが石川さんは私の真横からそっと間宮さんを見つめている。私は盾――。

「よっ……よろしくお願いいたします。総務課の石川でございます」

 石川さんは間宮さんへ名刺を渡し、丁寧に頭を下げた。
 間宮さんは名刺を受け取り、ゴリラと熊のハイブリッドスマイルで応えると、石川さんは目線をそらし、そのままお辞儀をして応接室に私たちを案内した。

 廊下を歩きながら間宮さんに距離を取るように伝えて、私は石川さんに話しかけた。

「石川さん、大丈夫ですよ、間宮さんは見た目がちょっとアレですけど、怖くないですから」
「んふふっ」

 私の冗談で緊張がほぐれたのか、石川さんが笑った。三ヶ月前にお会いした時より痩せた気がするが、ムニムニしたほっぺたは変わらない。髪も伸びてハーフアップにしている。ヘアクリップ――。

「石川さん、素敵なヘアアクセサリーをお召しですね」
「ああ、手作りなんですよ」
「えっ、ご自身で?」
「えっと……はい」

 これはレース編みだ。白と薄いピンクの小さな花をいくつも繋げた可愛らしいクリップ。石川さんもレース編みをするのか。

 石川さんは応接室のドアをノックをせずに開けた。
 私に小さな声で、「今日はいませんので」と言った。

 ――あのクソジジイはいないのか。

 互いに目を合わせて、口元を緩ませた。

「こちらにどうぞ」
「ありがとうございます」

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