ブランカ/Blanca―30代女性警察官の日常コメディ
 警察官にならなければこんな思いはしなかったはずだ。まつながあつし、だからむーちゃん――。

 ――どこを、どうしたら、むーちゃんなんだ。

 私の家は公務員の家系だ。あの時、父と同じ国税局へ奉職すれば良かったんだ。そうすればむーちゃんの衝撃に耐えなくても良かったんだ。

「はあっはあっ……かっ……加藤さ……加藤さん!」
「なに?」
「まっ……待って……はあっはあっ」

 ここは曲がり角から五百メートル程走ったあたりだろうか。葉梨は息が上がっている。私は速度を落とし、後にいる葉梨を待った。

「あんた私より前を走ってたのに」
「はあっ……はあっ……はひ……」

 走り出した後、葉梨は私の前を走ったが、チラッと私を見て速度を緩めた。気を遣ったのだろう。だが私はその気遣いにムカついて全力で葉梨を追い抜いた。
 今日は五センチのヒールだが、日頃のトレーニングのおかげでヒールを履いていてもタイムはランニングシューズの一割減で済んでいる。

「あんたさ、足、遅くない?」
「はあっ……あの……な…ではあっ……なんで……」

 葉梨は、私が足が速いという事は岡島に聞いていた、でもここまで速いとは思わなかった、ヒールを履いているから走れないと思った、と言ったんじゃないかな、多分。息が上がっている葉梨はそんな事を言ったのだと思う。

「トレーニングしてるから」
「……はあっはあっ……そ……ですか」

 呼吸の落ち着いた葉梨と、汗ばむ肌をデオドラントシートで拭きながら歩いた。
 私たちは、『むーちゃん』について話し合わなければならない。
 だがまず、ここから逃げ出したい。

 私たちは電車でとりあえずターミナル駅へ行く事にした。

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