いつか出逢った君へ
 グラスに入った琥珀色の液体を口に含んだ吉原(よしわら)絵里(えり)は「あの人とはね、もう終わったよ」と言った。

 そう言ったきり彼女は口をつぐみ、氷がカランと鳴り響いて沈黙を強調する。俺は言葉を発することが出来ずにいた。彼女の瞳は俺の反応を楽しむかのように妖しく輝いている。

 絵里が俺に好意を持っていることは知っているし、彼女もそれを隠そうとはしなかった。でも、俺は彼女の気持ちに応えることは出来ない。
 理由はいくつかあるが、一番大きな理由は俺が警察官だからだ。

 それでも、彼女が本気で俺を好きになってくれていることは伝わって来たし、彼女の真っ直ぐな想いに心を揺さぶられたのも事実だった。でもそれはそれとして、俺には俺の人生があるように彼女にだって彼女の人生があって当然なのだから、このままでも良いと、俺は思う。

「ねえ須藤さん。私が水商売辞めて昼の仕事したら、付き合ってくれる?」
「警察官の女なんてやめとけよ。面倒なだけだよ」
「ふふっ……面倒な思いをさせた女がいるような言葉ね」
「……だから離婚したんだよ。それが嫌になったんだと」

 そう言ってウイスキーを飲み干すと、絵里はクスッと笑って「嘘つき」と言うと、テーブルの上に置かれた俺の手の上に自分の手を重ねて来た。
 俺を見つめるその目は潤んでいるように見える。

 ――照明が暗い、から。

 そう見えるだけだと自分に言い聞かせた。でも、重ねられた手の指先がゆっくりと俺の手の甲を撫でるように滑り降りて行く。
 俺は慌てて腕を引き抜いた。
 そんな俺を見て絵里は悪戯っぽく笑う。

 ――この顔。

 いつもの表情に戻ったことに少しホッとした。
 やっぱり俺は絵里が好きなんだろうと思う。
 でも、だからこそ今のままの関係でいい。

 それからしばらく他愛もない話をした。仕事の話や同僚の話、絵里の近況などを聞きながら、杯を重ねた。


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