いつか出逢った君へ
 ◇


 気づくともう午前二時になっていた。
 店を閉めて、店のあるビルを出て二人で歩道を歩いている時、絵里が急に立ち止まった。
 振り返ると、彼女は真剣な表情を浮かべていた。
 俺は少し不安になる。こういう時の彼女は、たいてい何か大事な話をするから。そして案の定、彼女は口を開いた。
 その声はとても落ち着いていたが、なぜか切迫感のようなものを感じたし、まるで今にも泣き出しそうな子供のようでもあった。
 俺はそんな彼女を前にして、何も言うことが出来なかった。

 彼女はそのままゆっくりと近づいて来ると、俺の顔を見上げた。
 その目は涙で潤んでいた。そして次の瞬間、唇に柔らかいものが触れた。

 ほんの数秒のことだったと思う。
 唇を重ねた彼女と目が合うと、胸の奥が締めつけられるような感覚に襲われた。
 そしてもう一度唇を重ねた後、彼女はそっと体を離した。

 彼女は黙ったまま俯いていた。
 俺はどんな顔をすればいいのかわからず、ただ立ち尽くしていた。しばらくして彼女が顔を上げた。目はまだ潤んだままだった。

 それからしばらくの間俺たちは見つめ合った後、どちらからともなく抱き合い再び唇を合わせた。さっきよりも長く、深く。

 それからどれくらい時間が経っただろう。
 長い抱擁の後、ようやく俺たちは互いの体を解放した。

 その時、反対側の歩道から車道を横断して長身の男がこちらに来た。その男は俺たちを見るとすぐに目をそらしたが、視界には入れている目の動きをしていた。

 男の後ろ姿を視界に入れながら、再び絵里へ目を向けると、彼女はもういつも通りに戻っていた。
 絵里は俺に背を向けると、足早に歩いて行く。
 俺は慌ててその後を追った。

「ねえ、絵里、待って」
「なに?」
「……俺といても、後悔するよ」
「それでもいいって言ったら、どうする?」

 俺は何も言えず、歩き出した絵里の後ろ姿を見ていた。


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