花縁~契約妻は傲慢御曹司に求愛される~
いつものように自席でパソコンを起動する。

合間に机周りを軽く掃除して、今日の仕事の段取りを考えていると、フロアの奥にある給湯室から、笠戸さんを含む女性たちの声が響いていた。

今夜の送別会を再び思い出し、胃がキリキリ痛む。

二年前、派遣社員として採用された笠戸さんは明るく、お洒落で可愛らしく、フロア内の男女から好かれていた。


『先輩、高野さんってどんな方ですか?』


最初に久喜について尋ねられたときに、彼氏だと言えなかった。

同期で友だちの延長線上から恋人になった久喜は、会社で交際宣言するのを嫌がっていたから。


『この間、会議の準備ミスを助けてくださって……お礼がしたいのですけど、どうしたらいいでしょう? 食事に誘っていいでしょうか?』


紅潮した頬で相談されて、どう答えるのが正解だったのか。

高野さんには社内に交際相手がいるらしいとしか口にできなかった。

イケメンで、仕事ができて人当たりもよい久喜は、社内の男女問わず人気がある。

身に着けるスーツは基本グレーや黒といった地味な装いが常の、真面目で融通の利かない私とは真逆だと同期たちの間ではよく話題になっていた。

けれどなぜか馬が合い、三年前、同期の結婚式の幹事を引き受けたのを機に付き合うようになった。

ところが、昨年久喜が最年少で課長に昇格し、私もチーフに抜擢されて忙しくなり、一緒に過ごす機会が減ってしまった。

来春、幼馴染と結婚予定の親友に幾度となく忠告されていたが、深刻に捉えていなかった。

結婚しようか、と以前言われ了承していたから、会話が減り、些細な諍いが増えても気にしないようにしていた。

久喜を紹介した両親からは、ひっきりなしに結婚予定を聞かれていたけれど。
< 10 / 190 >

この作品をシェア

pagetop