花縁~契約妻は傲慢御曹司に求愛される~
「余計な気を回さなくていいから早く乗って」


躊躇う私を強引に車に押し込み、スーツのポケットから出したスマートフォンでどこかへ連絡しつつ運転席に回り込んだ彼は、素早くシートベルトを装着しエンジンをかける。

親切で優しいけれど、とてつもなく強引な振る舞いに戸惑う。

心なしか口調もくだけてきている。


「ほら、ちゃんと着けて」


混乱している私に長い腕を伸ばし、シートベルトを着けてくれる。

近すぎる距離と微かに肩に触れる指先に鼓動が速まっていく。


「あ、ありがとうございます」


うつむき、火照る頬を隠すように礼を告げると、ぽんと軽く頭を撫でられた。

優しい触れ方になぜか胸が詰まり、心が揺れ動く。

普段の私らしくない行動に驚きを隠せない。

この場に凛がいたらもっと警戒しろと怒られただろうが、なぜかこの人は大丈夫だと思ってしまった。


「手は痛まない?」


車を発車させた男性が、前を向いたまま尋ねる。

ぼんやりと彼の運転する姿を見ていた私は反応が遅れた。


「泣いていたのは転んでひどくぶつけたからでは? 本当に申し訳ない」


「いいえ、あの、……転んだせいじゃないので気にしないでください」


「なにかあった?」


天気でも確認するかのような気安さで問われて、瞬きを数回繰り返す。

きっとこの人が会社関係の人なら絶対に話さない。

でも、無関係の、出会ったばかりの男性という縁の薄さにフッと口が軽くなった。

本当は誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。
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