花縁~契約妻は傲慢御曹司に求愛される~
「俺に叶えさせて」


甘い催促に、弱り切った心は情けないほどあっさり陥落し、本音が零れ落ちた。


「必要と、されたい」


突然の別れはつらいし、理解できない状態で敵対心を向けられたくない。

今は恋をする余裕も期待もないけれど、いつかもう一度勇気がもてたら誰かと信頼し合える関係を築きたい。

私を求めて、必要としてほしいし、誰かの一番になりたい。

二十八歳にもなって、呆れられるかもしれないけれど、今の私の素直な望みだった。


「わかった。俺が叶える」


間髪入れずに返ってきた返事に、思わず整った面差しを見上げた。

私より頭ひとつ分以上高い身長はきっと百八十センチを軽く超えているだろう。


「契約成立だ」


頬を滑った指が耳の後ろに差し込まれ髪を梳かれ、地肌に触れる指の感覚に背筋に甘いしびれがはしった。

誘惑するような眼差しを向けられ、冷静さが戻り、一気に血の気が引く。


「い、今のは……!」


「絶対に傷つけないし、離さない……今夜から俺のものだ」


きっぱり宣言した彼が髪から手を離し、絡めた指を引っ張ってホテルの中へ足を進める。


傘下の会社勤務の私が利用するのに問題はないだろうし、今夜はとくに勤務先の知り合いに会う確率も少ないはずだが、この状態ではさすがに躊躇する。


「待ってください! なんで……」


「悪いようにはしないから、安心して」


私の訴えに、大きな花束を左腕に抱えた彼が足を止めて振り返る。

絡んだ指先に小さなキスを落とされ、こんな状況だというのに胸が高鳴る。


お互いの名前すら知らないのに一晩をともに過ごすつもりなの? 
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