花縁~契約妻は傲慢御曹司に求愛される~
「置かれていた金を返したかった」


そうか、金銭が絡むのが嫌だったのね。


……馬鹿ね、なにを期待したの?


「あんなに豪華な部屋に宿泊させていただいて、クリーニングやお花もいただいたので」


「あの部屋は仕事が忙しい時期に時折利用しているものだし、そもそも元凶は俺だ」


身につけた濃紺のスーツから、財布を取り出す彼を必死に押しとどめる。

受け取りを拒否する手を、突如葵さんが握りしめる。


「じゃあ一緒に来てくれ」


言うが早いか、目の前の高級ブランド店へと入っていく。

初めて足を踏み入れる場違いな場所に腰が引ける私を気にもせず、顔見知りらしい店員に声をかけた。


「彼女にショーウインドウにあるドレスを着せて、靴も揃えてほしい」


「いらっしゃいませ、葵様。女性のドレスを見繕われるのは初めてですね」


「ああ、大切な恩人なんだ」


「かしこまりました。すぐにご準備いたします。どうぞこちらへ」


黒のパンツスーツに身を包んだ小柄な女性に、奥の個室へと案内される。

明らかな特別待遇に戸惑う私を尻目に、葵さんと店員は小声でなにか言葉を交わしていた。

店員が席を外した際に急いで話しかけた。


「あの、ドレスは自分で探します」


「いいから、試着して」


スーツの上着の胸元からスマートフォンを出した彼が、あっさり却下する。

室内に置かれたソファに葵さんが腰を下ろすと、先ほどの店員が戻ってきてさらに奥にある試着室に促された。
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