お前を愛することはないと言われた侯爵令嬢が猫ちゃんを拾ったら~義母と義妹の策略でいわれなき冤罪に苦しむ私が幸せな王太子妃になるまで~【猫殿下とおっとり令嬢】

第37話、ロミルダ、魔法薬で変身する

「そんな―― 危険すぎる! 余はそなたの身を危険にさらしたくない!」

 ロミルダが作戦を打ち明けると、ミケーレはおびえた表情で首を振った。

「私は大丈夫ですから」

 ロミルダはミケーレを安心させようと柔和な笑みを浮かべ、彼の美しいブロンドをさらりと撫でた。

「衛兵さんたちに王国騎士団、それから宮廷魔術師の皆さんもいらっしゃいます。私一人を守るくらい、きっと造作もないことですわ」

「だが――」

 まだ思いつめたようにうつむくミケーレの頬に、背伸びしたロミルダが軽く唇を近付けた。

「心配事は全部解決して、晴れやかな気持ちで私たちの婚姻の儀を迎えましょう!」

「そう……だな」

 ロミルダの口づけもどきが効いたのか、ミケーレは少しうれしそうにうなずいた。

「ありがとうございます! それでミケーレ様にお願いしたいことがございまして――」

 ロミルダが耳打ちした「お願いごと」に、ミケーレはすっかり及び腰になった。

「そ、それはつまり―― 余に父上を動かせと申すか!」

「動かしていただく必要はございません。了承を得ていただければよろしいのですわ」

 ロミルダの真剣な説得が功を奏したのか、それとも「ミケーレ様なら絶対できるに違いない」と信じて疑わない強さに(かな)わなかったのか、ミケーレはロミルダの計画に協力することを承諾してくれた。

「それではロミルダ、健闘を祈る!」 

「ミケーレ様も!」





 二人はテラスから宮殿内に戻ると、反対方向に駆けて行った。ミケーレは国王陛下の執務室へ、ロミルダは一階にある魔術師の()へ。

 それまでテラスの入り口でロミルダたちを物言わず見守っていたサラが、早足で追いかけながら尋ねた。

「ロミルダ様、私に何かお手伝いできることがありますか?」

「ありがとう、サラ。それでは――」

 ロミルダはスカートの脇から手を差し込み、小さなノートを取り出した。ペラペラとページをめくり、該当の箇所を示しながら、

「魔術師の()へ行って、この魔法薬を取ってきて下さる? 今、魔術師たちは全員アルチーナ夫人対策で出払っているはずよ」

 ノートを受け取ったサラは、ロミルダの記した挿絵と魔法薬の特徴に目を通しながら、

「この『変身の粉』ですね? どこへお持ちすれば?」

「西の棟の最上階へお願い。宮殿の見張りは全員中庭(コルテ)に向かっているわ」

「見張り以外も野次馬しに行ったみたいですね」

 サラの言葉通り、宮殿の中は静まり返っていた。中庭(コルテ)から聞こえる喧騒が、静けさをさらにかき立てる。

「それでは私はこちらへ」

 サラは魔術師の()へ続く回廊の向こうへ消えて行った。

 ロミルダはカーペットの敷かれた大理石の階段を三階まで上がると、次々に重い木彫りの扉を押し開け、社交用にしつらえられた美しい広間を走り抜けていった。

(この広間から出れば、昨日ミケーレ様とのぼった西棟の階段に出るはず!)

 迷路のように広い宮殿を走り回って、ロミルダは祈る思いで扉を開いた。その先には見覚えのある大理石の階段。

(あってたわ! ありがとう、神様!)

 スカートのすそを両手でつかんで、段差の大きな階段を一段ずつのぼる。ついに最上階まで至ると、何十年も手入れされていない古びた扉がロミルダを待っていた。昨晩は気付かなかったが、窓から差し込む自然光の下で見ると、木の扉に描かれた幾何学模様が剥げかかっている。

(今日も鍵は―― 開いているわね)

 重い扉を押し開けて室内に足を踏み入れる。屋根裏部屋は思ったよりずっと明るく、小窓から斜めに差し込む日差しの中で、ほこりがキラキラと舞っていた。

 目当ての絵画はすぐに見つかった。ゆっくりと白い布を持ち上げ、ロミルダは再びナナの肖像画と対面した。

「ナナさん、あなたの姿をお借りすることを許してくださいね。あなたはどんなふうに話したのでしょう?」

 ロミルダは物言わぬ絵画に話しかけた。

「お義母(かあ)様の記憶の中のあなたは、どんな口調なのかしら……」

 階段を早足にのぼってくる軽やかな足音が近付いてくる。おそらくサラだろう。ロミルダは立ち上がって心を決めた。

(私のイメージする高級娼婦(クルチザンヌ)を演じるしかないわ!)

 扉を開けると予想通り、少し息の上がったサラが片手にガラス瓶を持って上がってくるところだった。

「ロミルダ様、こちらですね?」

「そう、それよ! その薬を私にかけて欲しいの」

 物置の中にサラを案内し、ナナの肖像画の前に膝をつく。

 サラは瞳だけ左右に動かして古い遺品に興味を惹かれていたが、

「かしこまりました」

 すぐにガラスの栓を抜いた。

「私をナナさんの姿に変えて! お願い!」

 祈るロミルダの髪に、パラリパラリと魔法薬が舞い落ちる。明るい空色の髪に触れる寸前、粉は不思議なきらめきを帯びて光に代わり、ロミルダの全身を包んでいった。

(あ、軽いめまいが――)

 目を閉じて、片手を床に置いて身体を支える。

「ロミルダ様、変身できたようです」

 サラの声にふと我に返る。見下ろすと、絵画と同じ一昔前に流行したドレスが目に入った。

「素敵! 服まで変わるのね!」

 思わずあげた歓声も、ややハスキーな落ち着いた女性の声。

 大胆に胸の開いたドレスからのぞく豊満な白いふくらみに、赤紫色のウェーブヘアが一房落ちる。

「急ぎましょう!」

 四十年前の高級娼婦ナナに姿を変えたロミルダは、立ち上がると部屋から飛び出し、重いドレスをたくしあげて階段を駆け下りた。下から魔女と戦う騎士たちの声が聞こえてくる。

「我らが王国はフォンテリア国王陛下のもの! 魔女の手に渡したりはせん!」

「威勢のいい騎士団長さん、あなたボロボロよ? そろそろ負けを認めなさい!」

 楽しそうに言い放つ魔女の声を聞きながら、宮殿内の広間を通らず一階まで降りると、錬鉄製(ロートアイアン)の柵を通して中庭(コルテ)が見えた。

「まだだ! 我々は最後の一人になるまで降伏はせん!」

 騎士団長が剣にすがって立ち上がる。

「馬鹿ねぇ。上司が変わるだけじゃないの。私がこの国の女王になったら、お前は私に忠誠を誓えばいい。それだけよ」

 井戸のかたわらに立つ魔女の足元には、衛兵や騎士たちが倒れている。なすすべもない宮廷魔術師たちは、彼らの魔法の杖で身体を支え、肩で息をしていた。

「誰が魔女に忠誠など」

「交渉決裂か。それじゃあ仕方ないね」

 深淵からわき上がるような魔女の声を聞きながら、ロミルダは内側から錬鉄製(ロートアイアン)の門扉についた鍵を開けた。

「騎士団のいない国では恰好がつかないと思って手加減していたが、本気で行かせてもらおう」

 魔女の手にした杖の先に、闇が生まれた。

「待ちなさい!」

 ロミルダは叫んだ。魔女アルチーナの母親、ナナことアルミーダの声で。

「え――」

 魔女が動きを止めた。そしてゆっくりと振り返る。

「――かか様……?」


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いよいよクライマックス。あと4話で完結です。
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