婚約者に浮気された海洋生物学者は海の戦士と結婚する
日が地平線に沈みかけ、陸も海も薄暗くなっていた。
俺はホタルから連絡が来るまで、時間潰しにアトランティスの商店街を歩いていた。
オーシャン1大きい国でもあるアトランティスの商店街は夜になるのに人が盛んだ。

「……」

あの後、リゲリィアにメスが何が喜ぶのか聞いてみたが、あいつが言うにはアクセサリーをあげたら大体喜ぶらしい。

「だが、あいつはアクセサリーをそんなに付けるような奴には見えん…それにだ、この前の指輪を渡したばかりだ…」

ホタルが喜ばせたい気持ちからか、普段考えないことで考えてるからか疲れてしまいそうだ。
ただ、ホタルの事を考えるのは悪い気はしないし、アイツを喜ばせられるなら考え疲れるのも悪くない。

「ホタルが好きそうなやつ…」

考えながら商店街を進んでいく。
ホタルなら、どんなアクセサリーよりも喜ぶのはやはり、海に関する事だろう…。

「さぁさぁ!新しい本が入ってるよー!!お子さんにも喜ばれる図鑑もあるよ!!」
「……」

本屋の店主の声で足を止めた。

「おや、お兄さん何の本が欲しいのかな?」
「ちょっと…プレゼントに図鑑が欲しくてな」
「ほう!図鑑をプレゼントとは、お子さんにかい?」
「……いや、恋人に」
「なら、いいのがあるよ!最近新しく刊行された図鑑でな、全ての海の生き物が載ってる上に、図鑑を開けば…」

店主が図鑑を開いた瞬間に海の生物が出てきた。

「これは…」
「最近流行りの映し魔法だよ、この魔法のおかげで、女性も楽しめるようになってる」

映し魔法とは物や文字などに記憶を映しこんでおく魔法。
しかも、この本は生き物の動きを正確に映しこんでおり、記されている生き物の数はそれなりの数だ。
これなら、きっとホタルも喜ぶかもしれない

「よし、店主…それを1つくれないか?あと、出来れば汚れないように包んでくれ」
「任せて、綺麗に包むさ」

お金を店主に渡し、綺麗な包み紙で包まれた本を受け取り、店を後にした瞬間だった。

「…リヴィアタンさん!」
「……」

待ち遠しかったホタルの声が、頭に響いた。

「あれ?繋がるって言ったけど…おーい!リヴィアタンさん!」
「大丈夫だ、繋がってるぞ…ホタル」
「あ!!良かったぁ…繋がらなかったから、てっきり私が壊したかなと」
「陸の人間が、そう簡単に壊せるような指輪では無い…」
「そっかぁー、でも凄いです!!まるで携帯電話みたいです!」

ホタルの声を聞いて、嬉しそうなのが目に浮かぶ。

「お前が言う仕事は終わったのか?」
「終わりましたよ!いやぁ、報告書沢山書いちゃいましたぁ!」
「そうか、ならそっちに向かっても大丈夫なのか?」
「もちろん!あ、そうだ!!待ち合わせは昨日の洞窟で…せっかくなので、リヴィアタンさんに見せたいものがあるのでそこに連れていきたいです!!」
「見せたいもの?」
「とりあえず早く来てくださいね!待ってます!」

ホタルにそう言われて、俺は少しだけ楽しみになってしまい、神兵にバレないように陸へと向かった。
海面に顔を出すと、陸は辺り真っ暗でポツポツと街頭の光がチラホラ見える。
そこを横切り、待ち合わせのあの洞窟へと向かう。

「まだかな…まだかな」
「待たせたな」
「リヴィアタンさん!!待ってました!!」

洞窟へとたどり着くと、ホタルが嬉しそうに近寄って来た。

「ッ…」
「ん?どうかしたんですか?」
「…いや」

可愛い過ぎる…今までメスを可愛いとは思った事無かったのに、メスに惚れたらここまで思ってしまうのか?
一応、番を得たオスはメス一筋になると聞いたがここまでとは…。
ホタルと俺は40cm以上の差があり、ホタルは俺を見上げるように見てくるからか、余計に可愛いくみえてしまう。

「リヴィアタンさん、熱があるんですか?顔赤いですよ?」
「いや、熱は…ない」
「なら良いんですが…大丈夫ですよ!見せたいものはすぐそこなんで…あっ!」
「ん?どうした?」
「いや、今のリヴィアタンさんの格好だと…結構目立つから…どうしよう」

確かに、今の姿だとホタル以外の陸の人間にバレたらめんどくさい事になる。
普通の人間になる為に耳鰭や尾鰭を隠さないといけない。

「……耳鰭と尾鰭を隠さないといけないな…ただ」
「ただ?」
「陸のオスになるには、どんな格好がいいのか俺には分からない」
「なるほど!!じゃ、こうゆうのはどうです?今日、たまたま妹が忘れた雑誌なんだけど…」

ホタルはカバンから雑誌という物をとり、雑誌をペラペラとめくり、とあるページを俺に見せてきた。

「絶対に渋くてイケメンなリヴィアタンさんには似合うと思います!」
「……」

そのページに書かれていたことは分からないが、絵らしきものには、ホタルらしい好みな格好をしたオスが描かれていた。

「ホタルがそれが良いなら、その格好になろう」
「おぉ…!?」

目隠し魔法で尾鰭と耳鰭を隠して、変装魔法で格好だけ変えた。

「……」
「わぁ!やっぱり似合ってます!!リヴィアタンさんはタッパもあるし、筋肉もあるから映えますね!」

ホタルは嬉しそうにこちらを見てくる。
なんと言うか、ここまで褒められると、少しだけ恥ずかしくなる。

「さて、変装も出来たので行きましょうか!」

ホタルは俺の手を引いて洞窟を出る。
ホタルに手を引かれて歩いているが、洞窟からでで陸を歩くのは初めてだ。
初めてだからなのか、目に映る陸の光景が新鮮だった。
陸の人間は鰭もないことや、鉄で出来て車輪が動く乗り物があったりと、オーシャンでは見られないものが沢山あった。
そうして、ホタルに手を引かれてから10分くらい歩くと、1つの住処に着いた。

「ここは?」
「私の家!」

オーシャンでもこのサイズの住処はそれなりの地位がないと持てない。

「まぁ、今回はここじゃないんだけど…」

再びホタルに手を引かれて、住処の裏側にまわり、細い獣道みたいな階段を降りると、小さな浜にたどり着いた。

「これは…」

周りに街頭がないからか、その小さな浜の波打ち際や海が、青く宝石の様に輝いていた。

「ここは、ウミホタルが沢山いて…夜になれば、ウミホタルが発光するんです」
「ウミホタル…あの微生物みたいなやつか?」
「微生物と言えば…まぁ、そんな感じです!どうです?綺麗ですよね!!」

この海の輝きを綺麗と言う言葉以外見つからない…。
俺はウミホタルがここまで輝くなんて知らなかった。

「あぁ…綺麗だ」
「…おまけに、ここは私達の私有地だから、リヴィアタンさんが来てもバレませんし、私達2人っきりになれます!」

ホタルは嬉しそうにしながら、俺の手を引いて大きな流木みたいな丸太に座る。
俺はホタルと2人っきりになれると知って、変身と目隠し魔法を解いた。

「……」
「やはり、リヴィアタンさんはその格好はいいですね」
「…なぁ、ホタル」
「はい?」
「その…まだ、会って日が浅いが…俺に敬語は辞めてくれないか?」
「敬語嫌いでしたか?」
「いや、そうではない…やはり、お前と対等で話したいから本来のお前で話してほしい…それに、俺にさんを付けなくていい」
「なら、お言葉に甘えて……リヴィアタン!」

ホタルの優しくて明るい声が俺の名前を呼ぶ。

「悪くない」
「ぷっ…リヴィアタンって分かりやすいね」
「分かりやすい?」
「だって、尾鰭がめっちゃ動いてるもん…好きなんだね名前呼ばれるの」
「そうじゃない…お前に呼ばれるのが好きなだけだ」
「私に呼ばれるのが好きなだけって…リヴィアタンそれ……」
「……」

まずい、ホタルの前だとどうしても調子が狂う上に、口を滑らせてしまい、咄嗟に口を閉じた。
俺の言葉を聞いたホタルは、次第に顔が赤くなった。

「……わ、私もリヴィアタンに名前呼ばれるのが好き…おかしいよね?まだ会って間もないのに、リヴィアタンとこうして話をしたり、一緒に居るのがこんなにも嬉しくて…」
「……」
「実は私、リヴィアタンと出会ったあの日…婚約者に浮気されて…やけくそになって、嵐の中海に身投げしようとしたの…案の定、高い波に飲み込まれて、死にかけたんだけど…リヴィアタンが助けてくれて…」

ホタルは照れくさそうに、昨日の事を話す。

「目が覚めて、リヴィアタンと目が合った瞬間ね…恐怖よりも他の感情が生まれたの……あぁ、なんて綺麗な海の色をしてる人なんだろって…変わってるね私」
「そんなことはない……実際俺はホタルに触れるまでは、ホタル…お前を殺そうと思ってた…だけど、殺せなかった…お前に触れた瞬間に生まれて初めての感情が生まれてしまった」
「生まれて初めての感情?」
「……それは恥ずかしくて言えん」
「えー!そこまで言うなら言いなよ!」

本人を前にして惚れた等、恥ずかしさが増して言える筈がない。

「それにだ、俺とお前は似ていても種が違う…いくら俺がお前のこと好いても…」
「種なんて関係ないよ」
「……」

ホタルの一言は俺の言葉を止めた。

「恋愛に種なんて関係ない!世の中にはイルカをパートナーにした人もいる…性行為が出来るのが必ずしも愛とは思ってもいない…恋愛の形は人それぞれだよ」
「だがホタル…俺の国では本来は陸の人間であるお前と会うのは禁忌とされている…俺と結ばれれば、お前の身に危険が及ぶんだぞ?」
「なら、その時はその時だ!」

ホタルの瞳は揺らぎがなかった。
本来、オーシャンバトル以外でこうして陸の人間と会うことは禁忌とされている。
互いに会いたい気持ちから、こうして密かに会ってはいるが、心のどこかでホタルを危険に晒すのが恐怖でしかない……。
それなのに、ホタルは全てを見透かした様に、その太陽の様な瞳を揺らがずに、俺をみている。

「ホタル……お前はそれを本気で言っているのか?」
「もちろん!!リヴィアタンには言い忘れていたけど…私は一度決めた事は曲げないよ!!だって、リヴィアタンの事好きだから!!ずっと一緒に居たいと思ってる!!…もちろん…普通では考えられないくらいのスピードで告白してしまったけど」

ホタルは勢いに任せて、視線を逸らさずに真剣に告白してきた。

「…ふっ……ははは!!やはり、ホタルお前は面白いな」
「リヴィアタン?」

昨日の夜もそうだったが、ホタルは人の心を掴むのが上手かった。
海の話をする時も真剣ながらも、嬉しそうに話すその姿にも惹かれた。
そんなホタルが真剣に告白してきたなら、俺もちゃんと答えないといけない。

「一度しか言わないから…よく聞いてくれ」
「うん」
「俺もお前の事が好きだ…」
「うん…」
「俺は今まで戦いにしか興味がなかった…昨日の夜、お前と話して初めて誰かと居たいと思ってしまった」
「私もだよ…」
「俺と結ばれれば、この先きっとお前を危険に晒すかもしれない…それでも俺と番になってくれるか?」
「もちろん」
「……」

俺はカバンから包み紙に包まれた本を取り出し、ホタルに渡した。

「受け取って欲しい」
「……」

ホタルはそれを受け取ると、ゆっくりと包み紙を開けた。

「これは?」
「俺の国の海の生き物の図鑑だ」
「!?」

ホタルは俺がこの本が図鑑と聞いた瞬間、目を丸くして驚いて、本を開けると映し魔法が作動し、海の生き物が映像で現れた。

「凄い…こんな技術凄いし…見た事もない生き物までいる…ありがとうリヴィアタン!!……でも何でこれを私に?」
「最初は、お前を喜ばす為に買ったんだが…お前の答えを聞いて…俺は決めた」
「……え?」
「お前と一緒になる為に国を捨てる…それなりに時間がかかってしまう…その本は俺が来るまで、寂しさを紛らわせる物だ」
「……」

ホタルは優しく俺の手を握った。

「ごめんなさい…そしてありがとう」
「謝る必要はない…あの国には俺の心を掴む番が居なかっただけだ…お前が考える程の心惜しむ事はないから安心しろ」
「………」
「ホタル…」

ホタルの頬に優しく触れ、互いに目が合う。

「深き海の底に眠りし力よ、生命の輝きを司る存在よ。我が魂と彼の者と契りを結び、我が力を彼の者に捧げん。我がリヴィアタンの名の元に契約を命ずる」

ゆっくりと契約の詠唱し、ホタルの唇に優しく唇を重ねた。
ホタルを優しく抱きしめて、魔力をゆっくりとホタルに注ぎ込む。
契約の詠唱により、互いの記憶が感情が交差していく。
魔力が収まると、ゆっくりと唇を離した。

「これでお前は一生俺と共に過ごす事になる…手の甲を見てみろ」
「…これは?」

ホタルの手の甲に本来のリヴィアタンの形をしたマークが刻まれていた。

「これは、お前が俺の番の証だ…命の証とも言われてな…お前や俺の身に危険があればこの証が少しづつ消えていく」
「……」
「心配な顔はするな…俺は簡単には死なないし、必ずここに戻る…」

不安そうにするホタルの頭を優しく撫でる。

「じゃ、約束して…必ずここ!この浜に帰ってくると!!そして、私を抱いてよ!」
「っ……!?おま、そんなこと真正面で…」
「私は本気だよ?それに、元恋人は私を抱かなかったから処女だ…それなら、ここまで本気にさせてくれる好きな人に抱かれたい」
「分かった…約束しよう…ただ」
「ただ?」
「あんまり俺の前で抱かれたいとか言わないでくれ…」
「なんで?」
「お前が好きで可愛らしくてたまんないから、お前を抱きたいと思ってしまう…理性を保つのが大変なんだよ」
「あーなるほど!男の性ってやつだね!」
「……」

ホタルの下に疎いのが余計に心配になる。
陸だから大丈夫だと思うが、オーシャンでは番になったとしても、子孫繁栄の為に無理やり契約を剥がし奪うこともある。

それに、神兵がホタルを見つけるにも時間の問題だ。
できるだけ海に離れた場所にいたら、まだ探されるにも時間が掛かる、

「ホタル…俺が戻るまでの間は海から遠く離れた場所で大人しくしてくれ…」
「リヴィアタンがそう言うなら」
「そうと決まれば、俺はそろそろ行かないとな…戻る時はちゃんと連絡をする」
「……気をつけて」
「あぁ…」

ホタルの額に優しくキスをして、心配するホタルを背に俺は海に戻った。
< 3 / 6 >

この作品をシェア

pagetop