限界王子様に「構ってくれないと、女遊びするぞ!」と脅され、塩対応令嬢は「お好きにどうぞ」と悪気なくオーバーキルする。

12 笑顔

 自分の彼へ裏切りが明かされるその瞬間を、懸命に思い出そうとしても私は自分が何をしていたか覚えていない。

 脳が記憶を残すことを、拒否していたのかもしれない。だって、抱えたまま生きるには、あまりにも悲し過ぎる出来事だから。

 隣に居るイーサンを好きになって結婚することにしたから貴方とは結婚出来ない、王太子の婚約者の立場の重圧になんてとても耐えられないからここで辞退したいと、イーサンの腕を取って私は言ったはずだ。

 それは、間違いないと思う。

 共犯者と何度も打ち合わせを重ね、そうしようとしていた訳だから、それをする練習だってしていてすらすらとよどみなく言えたと思う。後は嘘の上手いイーサンに任せた。

 ただ覚えているのは、ギャレット様のあの儚げな笑みだ。彼が以前に本当は王にはなりたくないと言った時と同じ笑みだった。

 私は彼がこれほどまでに大事にしているのに、自分を捨てると宣言した婚約者を、なじって罵倒すると思っていた。

 これまでに散々期待をさせておいて、それなのに何故と。

 けれど、ギャレット様は穏やかに『無理をさせて困らせて、悪かった』とだけ言い残し、去って行った。

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