隣国王子に婚約破棄されたのは構いませんが、義弟の後方彼氏面には困っています

12.代理聖女ですわ


『アルバートをカイルだと思え作戦』を発動して三日経った。たった三日、されど三日だ。アルバートの様子が目に見えて元気がなくなってきたのだ。
 初日は動揺しつつも、笑顔を見せていたアルバートだったが、三日目にもなると、顔色は良くないし、目もどこか虚ろになってきている。さすがに、これほど影響が出るとは思わなかった。

「アルバート、ええと」

 私が心配になって声をかけようとすると、ビクッと肩を揺らし、ゆっくりとこちらを振り向く。まるで何を言われるのか怖くて怯えているようだった。アルバートに怯えられるだなんて初めての経験だ。胸がチクっと痛む。

「あなた、顔色があまり良くないわ。ちゃんと休んで――――」
「大丈夫だから。俺は立派な男になるから。だから、もう何も言わないで」

 アルバートは早口に言い切ると、逃げ去ってしまうのだった。

「確かに彼氏面はしなくなったけれど……果たして、これでいいのかしら」

 私は自問自答のつぶやきをこぼすのだった。




 アルバートのことが気に掛かりつつも、今日は真奈美様の休日で、私が代理聖女となる日である。真奈美様は張り切って、日の出とともに護衛と一緒に出かけていったらしい。異世界探検するんだ!と休日を待ちわびていたから、今日は思い切り楽しんできて欲しい。

 私は聖女候補のときに着ていた無地のワンピースに袖を通し、長い髪も邪魔にならないように緩く編み込む。

 教会に入り、聖堂に向かう。聖堂の魔法陣の中で魔力を込めて祈りを捧げることによって、国の結界が保たれるのだ。一日分しか祈り溜めが出来ないため、毎日ちゃんと祈りを捧げなくてはならない。だからこそ、真奈美様が「休みがない!」と憤慨していたのだ。

 国によって結界の方法は違うが、魔法を使っていることは共通している。隣国は常に国王が薄く魔法を発動して結界を張っていた。おそらく、結界を張る魔法具を身につけて媒介にしているのだろう。そのため、転んでしまった際に、結界が少しだけ解けてしまったのだと思われる。
 普段であれば無意気レベルで発動出来る結界も、体調が著しく悪いとちょっとしたことで影響が出てしまうのだ。それだけ隣国王の病は重篤だといえる。もう縁を結ぶことはないとはいえ、仮にも義理の父になるはずだった人だ。何も出来ないとはいえ、心配はしてしまう。

 私は顔見知りの教会の人々に挨拶をしつつ、聖堂に入った。少し前までは毎日のように前聖女様と祈りを捧げていた場所だ。前聖女様の体調が悪いときは、一人で祈ったこともあったけれど。前聖女様曰く、やはり聖女が祈った方が祈りの時間も少なくて済むが、私が時間を掛けて祈れば同じように結界が保てることは分かっている。

 空気が澄んでいて、ステンドグラスから降り注ぐ光は虹色で、とても優美で素敵なな空間だ。またここに入れたことが嬉しかった。聖女候補から解放されたら、二度と入れないと思っていたから。

 魔法陣に入り、膝をつく。そして両手を組んで、魔法を発動させた。編んだ髪が膨らむように少しだけ浮き、床に広がるワンピースの裾も控えめに波打つ。

 どれだけ祈りを捧げていただろうか。そろそろ終わっても大丈夫そうかなと思った時だ。静けさを壊す靴音が聞こえた。
 これはアルバートではない。アルバートは過保護で勝手に私を探して部屋に飛び込んでくるような子だけれど、聖女の仕事をしているときはちゃんと待っていた。だから、これは別の誰かだ。

「どなたでしょうか。祈りの最中に入ってくるのはいかがかと思いますが」

 祈りをきちんと終わらせた後、私は立ち上がりつつ振り向いた。するとそこには、身なりの良い青年が立っていた。私より少し年上のように見える。

「お前、なんか噂と違うな」

 初対面の女性に向かって第一声が「お前」呼ばわりとは。第一印象はかなり悪い。それに、整った容姿だが、どうにもこちらを小馬鹿にするような表情のせいで、軽薄な印象をうける。

「失礼ですが、どちらさまでしょうか。重ねて申し上げますが、ここは神聖な場所です。勝手に入ってこられては困ります」
「はぁ? 勝手にだと? クソ生意気な奴だな」

 今、第一印象がさらに悪化した。当たり前の問いかけをしただけで、なぜクソ生意気などと暴言を吐かれないといけないのだろうか。

「ここは国の結界を保つために、祈りを捧げる聖堂です。もし、ここで何か起こったら、結界にも影響が出かねないのですよ。それでも、勝手に入るなと言ってはいけないのでしょうか」
「ここは王家所有の建物だろ。なら、俺が入るのは問題ない」

 この言い方からすると、王家の人だろうか。
 残念ながら、私の記憶に彼はいないのだが。

「大変申し訳ありませんが、お名前を伺っても宜しいでしょうか。わたくしはクリス――――」
「いい、お前の名など興味ない。俺は王弟の息子、マルクスだ。聞いたことあるだろう?」

 ニヤニヤとした表情でマルクスと名乗った青年が私を見てくる。おそらく、王族と知り慌てふためくと思っているのだろう。

「さようでございましたか。一年ほど前に王族に迎え入れられた方でいらっしゃいますね」

 名前だけなら知っている。王弟とその第二夫人との間に生まれたが、第一妃の嫉妬を恐れて市井で生活していたという御方だと。だが第一妃が亡くなられたため、第二夫人ともども城に舞い戻ったらしい。
 私が聖女候補から解放され、カイルとの婚約話が出てきて忙しくしていた時期だったので、挨拶もしていないが。だから顔も知らなくて当然だ。
 そして、良くない噂ばかり回ってくるお方でもある。あちこちの令嬢に手を出しては揉め事を起こしていると。

「ちっ、異世界から来ただけあって、常識ってやつが分かってないみたいだな」

 マルクス殿下が舌打ちをする。
 どうやら私と真奈美様を間違えているようだ。まぁ、ここにいれば普通は現聖女である真奈美様だと思うだろうけれど。
 ここで、私は真奈美様ではないと訂正するのは簡単だ。けれど、マルクス殿下はあまり自分の大切な人たちには近づけたくない人だなと思った。

 それに、もし仮に真奈美様がマルクス殿下に会ったとしたら? あ……問答無用でマルクス殿下を言い負かす未来しか見えない。そうすると、マルクス殿下は逆上して大騒ぎになるかも。一応は王家の人だし、あまり問題を起こすのは真奈美様のためにも良くはないだろう。

「マルクス殿下。こちらへ来たご用件を伺ってもよろしいでしょうか」

 私が改めて問いかけると、マルクス殿下はじろじろと私を眺めてきた。

「今の聖女は男遊びが激しいって噂を聞いた。だから、俺も遊んで貰おうかと思ってな」
「なっ、そのような事実はありません!」
「ふん、脚をさらけ出して男を誘っているんだろう? でも今日は脚を出してないな、何故だ?」

 マルクス殿下の言葉に、カッと体温が上がった気がした。真奈美様のスカートは断じてそのような趣旨で短いわけではないのに。活発に動くからこそ、長いスカートはじゃまなのだと。それに、着慣れないから裾を踏んづけてしまい危ないからだと。あと『ぎゃるのぷらいど』というものだと。ちゃんと彼女なりの理由があるのに。

 勘違いも甚だしい。夜会でデコルテの広く開いたドレスを着た女性が、みんな誘っていると言っているようなものではないか。そんなこと言おうものなら、世の貴婦人やご令嬢達が一斉に怒り出すに違いない。

「殿方を誘うなど、ありえません。お帰りください」
「はぁ? 他の奴は良くて、なんで俺は拒否するんだよ」
「どなたでも拒否しまっ……何をなさるのです!」

 急に手を伸ばしてきたので、思わずはたき落としてしまった。パチンっと乾いた音が聖堂に響く。
 まさか、ここで乱暴を働く気なのだろうか。神聖な、国を守る結界を作り出す聖堂内で。信じられない。

「王族にたてつく気か? 調子に乗るなよ!」

 マルクス殿下が激高している。だけれど正直、勝手に来て、勝手に誤解して、勝手に怒りだしたとしか思えない。なんなのだろうか、この人は。というか、カイルといい、マルクス殿下といい、どうも私が最近遭遇する王族の品位が酷すぎる。王族でも素晴らしい人はたくさん居るはずなのに。私は運が悪いのだろうか……。

「たてつく気などありませんが、言うことを聞く気もございませんわ。殿下、ここは聖堂ですので、外でお話ししましょうか」

 私は両手を組み、魔法を発動させる。
 ごみのように淀んだ空気は押し出さなければ――――

 聖堂内に小さな風の渦が発生させると、一気に強くなりマルクス殿下をめがけて風の渦を解き放つ。聖堂に被害を出さないために、マルクス殿下だけを狙い撃ちだ。昔は風の調整も下手だったけれど、国の守りとなるべくずっと鍛錬してきた。対魔物を想定して鍛錬していたのだから、殿方一人など片手で足りる。
 でも、やはり腹立ちが治まらず、少々鋭い風になってしまった。かすり傷くらいは出来てしまうかもしれない。

 マルクス殿下はあまりの強風に立っていられず、悲鳴を上げながら転がっていくのだった。

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