隣国王子に婚約破棄されたのは構いませんが、義弟の後方彼氏面には困っています

13.ごみ殿下には触れたくもありません


 風の魔法を使い、マルクス殿下を聖堂から追い出した。

「マルクス殿下。王族たるもの、自衛の心得もないとはいかがなものでしょう。私の魔法に為す術なく転げていくなど……。聖女に対して侮辱する言葉を聖堂まで吐きに来るより、さきになさることがあるはずです」

 私はカツカツと靴音を鳴らしながら、マルクス殿下に歩み寄る。すると、魔法攻撃を受けたのが初めてなのか、ガクガクと震えて青ざめていた。

「殿下、聞いていらっしゃるのですか? 聖堂でのこのような行動は今後慎んでいただきます。良いですね?」

 私が少し手を動かしただけで大げさにビクッと震えるマルクス殿下。
 たかが強風を身に受けただけではないか。焼け焦げるような雷撃を受けたわけでも、燃やし尽くすような炎を受けたわけでも、芯から凍って砕け散る氷撃を受けたわけでもないというのに。少々怖がりすぎではないだろうか。

 腰を抜かして動けなくなったマルクス殿下を、どうすべきかと途方に暮れる。私の体力では運べないし、そもそもあまり触れたくもない。魔法で移動させることも可能ではあるが、この怖がりようからすると発狂されそうで面倒だし。かといって、誰かを呼べば大ごとになってしまう。代理聖女の初日でそれは避けたい。真奈美様に合わせる顔がないではないか。

 困っていると、馴染みのある声が遠くから聞こえてきた。私の名を必死に呼んでいる。

「アルバート! 私はここよ」

 大きく手を振ると、一瞬立ち止まったかと思うと、もの凄い早さで駆けてきた。

「クリスティーナ!! 無事か?」

 息を切らしながら、心配そうに私を見つめるアルバート。

「えぇ、見ての通り。どこも怪我はないわ」
「良かった……」

 よほど慌てて来たらしく、へなへなと座り込んでしまった。かと思えば、すっくと立ち上がると、マルクス殿下に詰め寄り始める。

「マルクス殿下でしたっけ? 何してくれてるんですか。クリスティーナはローセン公爵家の令嬢ですよ。つまり殿下は公爵家を敵に回したんです。この事実、おわかりですか?」
「……は? いや、聖女は異世界から来た異端児だろう?」
「俺のクリスティーナとあのこざかしい聖女を勘違いしていただと? もっと罪深いじゃないか!!」

 わなわなと怒りのあまりアルバートが震え出す。雷の魔法を使う気なのか、パリッと小さく火花が散る。
 待って待って待って、とりあえず魔法は待って。あと、私はアルバートのものではない。気を抜くとすぐ、彼氏面が漏れ出ているではないか。

「アルバート、これ以上の魔法はいけないわ。それに真奈美様はとても素敵な方よ。貶すような発言をしては、マルクス殿下と同じになってしまうわ」
「うっ……だけど、全然違う二人を間違えているから!」
「はいはい、落ち着きなさい」

 それにしても、今朝のアルバートは覇気も無く、私に声をかけられることすら怯えている様子だった。元気になったのは何よりだが……。

「アルバート、それよりどうしてここへ?」
「あっ……いや、兄上に頼まれた仕事はあと少しで終わるから、帰ったらすぐやるから」

 アルバートの視線が彷徨いだし、下を向いてしまう。急に朝の状態に逆戻りしてしまった。

「いえ、怒っているわけではないの。来てくれて嬉しいと思っているわ」
「そ、そうなの? 実は、教会の人が屋敷まで慌てて呼びに来たんだ。クリスティーナのことだから、自分の身は自分で守れるとは思ったんだけど、でもやっぱり心配で……」

 王族相手では、教会の人々では誰も止め立ては出来ない。だから、アルバートを呼びに行ってくれたのだろう。ありがたいことだ。

「アルバートが来てくれて良かったわ。確かに身を守ることは出来たけれど、その気持ちが嬉しいの。それに、腰を抜かしたマルクス殿下を運べないから、困っていたのは本当よ」
「あぁ! 俺のことを頼りにしてくれてありがとう。それにしても身を守るだけじゃなく、見事にふらちな奴を撃退してるからすごいよ。大怪我をさせることなく相手の戦意を喪失させてるし、そんな芸当出来る人はそうそういない。さすがクリスティーナだ、本当に誇らしい! でも――――こんなやつ放置でいいだろ」

 すらすらと私を称えるような言葉を吐いていたかと思うと、最後に急に真顔になって放置だと言い出すアルバート。その温度差で風邪引きそう。

「ダメよ。仮にも王族なのよ。一応は敬意を払わないと」
「えーこいつに敬意は必要かな?」
「心からの敬意は不要だけど、形だけの敬意は必要じゃないかしら?」
「形だけの敬意なんて俺は払いたくない」
「ちょーっとお二人さん! 敬意を払おうとしているみたいだけれど、その会話を本人の前でしている段階で本人すでに心折れてるみたいだから。そんな無意味な議論はもうやめなって」

 私とアルバートの会話に入り込んできたのは、真奈美様だった。日の傾きを見れば、だいぶ地平線に近いところまで来ていた。どうやら遠出から帰ってきたらしい。
 今日の出で立ちは膝上の短いズボンに足下はブーツ、上はシャツの上に腰くらいまでの防寒や日よけのためのフードのついたマントを羽織っていた。

「真奈美様。大変申し訳ありません。わたくしとしたことが、このような騒動をおこしてしまいまして」
「クリスティーナが謝る必要ないって。歩きながら教会のおっさんにあらましは聞いたから。この殿下って人が悪いんでしょ。そもそもが、あたしに喧嘩売りに来てたってことだし。こいつの言ってたこと完全にセクハラだよね」
「せくはら……」

 聞いたことはなくとも、なんとなく悪いイメージの言葉なのだろうと想像はつく。

「あーマジうざいわ。おっさん、こいつ視界に入れたくもないから、聖女の儀式は王族だろうと出禁にしてね!」

 真奈美様が教会の長に大声で伝えている。

「真奈美様、あの、出禁とは?」
「あぁ、出入り禁止ってことよ」

 その瞬間、マルクス殿下の顔色が絶望したかのように真っ青になった。

 これ、さらっと言ってるけど、マルクス殿下にとってはかなり不味い状況だ。まずこれで王家に連絡が入ってしまうので、お叱りを受けるだろうこと。
 加えて、聖女の儀式に出席を拒まれる王族なんて前代未聞、罪人に等しい目で見られるに違いない。王族の中で居たたまれない思いをし続けなければならないという。地味に可哀想なことになると思われる。

 むしろ、王族から抜けた方が、マルクス殿下にとっては幸せかもしれない。
 まぁ、どうするかは本人次第だけれど。

 なにわともあれ、マルクス殿下が出入り禁止となったことで、この場もお開きかと思ったが、真奈美様が私の方を神妙な顔つきで見て来た。その真剣な様子に、何を言われるのかと身構えてしまう。

「クリスティーナ、ごめんなさい」

 勢いよく真奈美様が頭を下げてきた。

 なぜ謝られているのか分からず、私は首を傾げる。悪いのはマルクス殿下であって、真奈美様ではないのに。それとも、何か他に謝られるようなことがあるのだろうか。

「真奈美様、頭をお上げください。何に対しての謝罪なのかさっぱり分かりません」

 頭を上げた真奈美様は何故か困ったような顔をしていた。 

「クリスティーナって本当にすごい。たぶん、あたしなんかより絶対に『聖女』だと思う」

真奈美様が弱々しい口調で言った。こんな弱気な様子の真奈美様は珍しい。

「ええと、その、どのような意味でしょうか。聖女の証を持った真奈美様をおいて、聖女などありあえませんわ」
「違うの。あたし、この世界に来てからずっと意地張ってた。だって、教会のおっさんや国の偉い人達は、あたしにこうしろああしろこうすべきだって、いろいろ押しつけてきたから。それに反発して、あたしは元の世界にこだわった。特に服装なんて最たるものよね。この世界では足を出すのは淫らだと思われるって知ってたけど、ギャルの意地を通したかった。でも、クリスティーナはあたしの意志を頭ごなしに否定しなかったし、いつも尊重してくれた」

 そのような葛藤があっただなんて、まったく気がつかなかった。真奈美様はいつだって堂々としていたから。

「真奈美様の仰ることは驚くことも多いですが、理由をお伺いすれば納得できることばかりですから。わたくし自身が納得しているのですから、あれこれ言う必要はないですわ」
「それよ! そういう相手の話をちゃんと聞いて考えてみるって、意外と難しいことなんだよ。あたしの元の世界でも、それが出来る人ってあんまりいなかった」
「そう……でしょうか」
「自覚無いかもだけどそうなんだよ。だから、変な意地張って、友達を……いや、親友を巻き込んだあたしは最低だ。反省してる」

 真奈美様が再び深々と頭を下げた。

「真奈美様! 頭をあげてください。本当に困ります」

 真奈美様がゆっくりと頭を上げた。表情には苦笑いが浮かんでいる。

「クリスティーナが困っちゃうのは、あたしも困っちゃうから、謝るのはここまでにする。でも、代わりにありがとうって言わせて」
「もちろん。その言葉の方がわたくしも嬉しいですわ」

 それに、真奈美様がさっきいった言葉の中に『親友』があった。私のことを親友だって思ってくれてると知り、なんだかとても嬉しくて、胸がくすぐったくなる。

「あたしさ、聖女の仕事の時はクリスティーナのような格好をするよ。仕事の制服だって考えれば、着るのは当然だよね。郷に入れば郷に従えっていうし、あたしも受け入れるべきところは受け入れていく」
「よろしいのですか? ぎゃるのぷらいどとやらは?」
「プライドよりも、大切なものがあるの。あたしがギャルの格好にこだわったせいで、クリスティーナに嫌な思いをさせた。あたしが対処すべきトラブルを親友に対処させただなんて、申し訳なさ過ぎるもん。あたしが変わらなきゃ、また同じようなことがきっと起きる。それは嫌なの」

 やはり真奈美様は素敵な方だ。私にしてみたら破天荒な部分も多いけれど、こうやって自分で考えて、反省も出来る。
 真真美様は私が聖女のようだというけれど、真奈美様だって立派な聖女だと思う。





 腰が抜けたままのマルクス殿下は、教会の人たちによって運ばれていった。真奈美様との話も終わったし、もちろん今日の祈りも済んでいる。

「では帰りましょうか、アルバート」

 私はアルバートに手を差し出す。すると、いつものようにすっと私の手を取り、アルバートはエスコートし始めた。

 ふふっと、少し笑いがこみ上げてしまう。

「どうした、笑って」
「何でも無いわ。でも……そうね」

 安心するなぁと思ったのだ、この彼氏面の距離感が。

 マルクス殿下に手を伸ばされたときは、ぞっとして気持ち悪いと思ってしまった。でも、アルバートの手はこんなにも心地よい。温かくて、優しさがぬくもりと主に伝わってくる。
 呆れることも多いけれど、慣れてしまえば彼氏面も可愛く見える。適度であれば問題ないのになと、私はアルバートの横顔を見上げながら思うのだった。


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