放課後はキミと。


「はーあ……」

あんまり、眠れなかった。
早く布団に入ったものの、ぐるぐる考え事して。
途中で涙が止まらなくなったりして。
気付けば、朝日が部屋に差し込んでいた。

眠ることももうできないと思ったし、どうしようもなくて、とりあえず学校で勉強するためにかなり早めに家を出た。

通学路にはまだほとんど人がいなくて。
朝の空気を吸いながら、登校するのは気持ちよかった。

学校に着いても、当然ほとんど生徒はいない。
入学して以来、こんな景色に遭遇したことがないので、新鮮だ。

なんだか楽しくなってきてしまい、スキップに鼻唄までしてみた。
誰もいないだろうと思って教室のドアに手をかける、と。


――あ。

すず、むら、くん。


すごく会いたい人、でも今は会いたくない人が教室にいた。


勉強道具は広げているけれど、勉強している様子はなかった。
右手の上に頬を乗せて、窓の外を見つめている。


なんでこんなに早いの?


せりあがってくる想いは、さっきまでの小さな楽しみを壊して、簡単にあたしの心臓をずきずきと攻撃する。


蘇るのは、

夜の公園
連なった影
部外者の、あたし。


彼がゆっくり顔を動かしてあたしを見つけた。
まるで時が止まったように見つめあって、ごくん。と唾を呑み込む。

どうしようか考えて、でも入らないのは変だと、気づく。
この時間が、奇妙だもの。

あたしはそっと引き戸に手をかけて、開けた。
ガラガラという音だけが、その静寂に響く。
涼村くんはあたしをしばらく見つめて、小さく笑った。

「なにしてたの、あんた」
笑う、っていうより、どちらかというと小馬鹿にした感じだったかもしれない。
「……鼻唄、聞いてた?」
本当のことは言えなくて、ちょっと頭によぎったことを聞いてみる。
涼村くんは喉を鳴らして、意地悪な笑みを浮かべた。
「そういやなんか聞こえたな。音痴な鼻唄」
「っっっ」
かあっと顔の温度が上がって口をつぐむ。

いじわるだ。
ふつうに恥ずかしいんですけど。

あたしはささっと席にかばんを置いて、英語の教科書を抜き取った。
こういうときは別の話題を持ち出すに限る。
彼の前に、その教科書を差し出す。
きょとんと彼はそれを見つめて、首をかしげた。

……もしや気付いてない?
てことは、昨日勉強してない?

「こ、これ、涼村くんのなの」
差し出した理由を告げれば、目を瞬かせてかばんを確認。

やっぱり、今まで気付いてなかったのか……。
それはそれで罪悪感が薄れるような。
いやいや、でもちゃんと謝らなきゃ。


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