悪女は破滅を身ごもる~断罪された私を、ヒロインより愛するというの?~

4 悪女は破滅を身ごもる

 アヴリーヌは窓辺に置いた椅子に腰掛け、格子の向こうの空を眺めていた。
 相変わらず雨模様の空は鉛のような雲が重く垂れ込め、人々の望む太陽の光を今日も無情に隠している。

 コンコン、と扉が鳴った。
 侍女かと思ったが、返事をする前に開いたので、それを唯一許している夫の来訪だとわかる。

「ただいま、アヴリーヌ」

 歩み寄ってきたジェイドが、微笑むアヴリーヌの頬に軽くキスする。くすぐったい感触に肩をすくめると、気をよくしたジェイドはさらにこめかみにも口づけてきた。

「やめてってば、もう」
「どうして? 貴女に会えないのが寂しくて、予定より早く城を退出してきた僕を慰めてくれないの?」
「私だって寂しかったんだもの、まずは謝ってもらわなくちゃ。私と、"この子"にもね」

 アヴリーヌは金の指輪をはめた左手で、大きくなったお腹をひと撫でする。中に宿っているのは二人の愛の結晶だ。
 ジェイドは小さく笑いながら、アヴリーヌの白く細い手に、同じ指輪のはまった大きな手を重ねた。

「心細い思いをさせてすまなかった。城で働いている間も、ずっと二人のことを考えていたよ」
「私もよ。……おかえりなさい、ジェイド」

 求めれば、すぐに答えてキスが降る。
 屋敷の外の惨状など全く関係なく、アヴリーヌは欠けたところのない幸福に包まれていた。


※ ※ ※


 アヴリーヌは秘密裏にジェイドと結婚した。
 この世界には結婚指輪という概念はなかったが、アヴリーヌが夫妻の証として揃いの指輪を身につけていたいと頼むと、ジェイドはこの上なく喜んで金の指輪をはめくれた。
 
 エマ女王の臣下として城に出仕しているジェイドだが、恋人のふりをしていた彼女の前でも指輪を外すことはないらしい。
 アヴリーヌは意地悪くもそれを喜んでしまうが、幸か不幸かそもそも今のエマには、ジェイドに構っている心の余裕などないはずだ。
 エマ女王が即位してから季節が三つ巡った今、この国はかつてないほどの不幸に見舞われていた。


※ ※ ※

 また雨が降りだした。みるみる激しくなっていく篠突く雨に、ジェイドが窓の鎧戸を閉めてくれる。
 
 窓辺にいたら体が冷えるだろうと、最近部屋に入れた壁際のソファにいざなわれる。並んで座ると、当たり前のようにジェイドに肩を抱かれる。そしてアヴリーヌも当たり前のように、夫の肩に頭をもたれかけさせる。
 
「帰ってくる時、雨に降られなかった?」
「大丈夫。それを見越して早めに出てきたからね。しかしこれほど長く降り続くとは……女王が神に気に入られていないんじゃないかと、言い出す貴族まで出てきてるよ」

 エマが即位してからというもの、晴れの多いこの国では未曾有なほど雨が降り続いている。
 そのせいで農作物が育たず、実をつけても収穫を待たずして腐ってしまう。さらには川がいくつも増水し、氾濫して橋が流されてしまう事態も頻繁していた。

 雨の被害はそれだけに収まらない。人々が飢えて苦しめば自然と疫病が蔓延する。橋が壊れれば流通が滞り、それが食糧不足や王都からの救援の不達に拍車をかけていく。

 エマ達はあの手この手で被害を防いだり救済しようとしているようだが、天候が回復しないためそれも焼け石に水である。
 アヴリーヌが政治を執っていた時よりも、国は明らかに困窮を極めている。「ヒロイン」は「悪女」を追放したのに、「シナリオ」通りのハッピーエンドは訪れなかったのだ。

< 19 / 21 >

この作品をシェア

pagetop