悪女は破滅を身ごもる~断罪された私を、ヒロインより愛するというの?~
「何の備えもしていなかった貴族や農民は、相当参っているみたいだけどね。この屋敷は、貴女のおかげで蓄えがしっかりとある。僕達の子が生まれるのを、安心して待つことが出来るよ」

 甘えるようにアヴリーヌの頭に頬を寄せるジェイドの言うとおり、アヴリーヌはこの悪天候による窮状を見越して手を打っていた。
 
 太陽がまるで顔を見せない現在ほどではないにせよ、アヴリーヌが摂政であった頃から長雨は徐々に始まっていた。
 そのため、断罪イベントでもエマに言い返したように、国庫の備蓄を農民に解放していた。しかしそれでも不安があったので、農業に恵まれたアヴリーヌの故郷から、食糧を輸入するルートを確保しようとしていたのだ。
 
 エマはアヴリーヌを「悪女」として追放した手前、アヴリーヌの政治をそのまま受け継ぐことが出来なかったのだろう。ジェイドに聞いたところ、その輸入計画はしばらく宙に浮いた状態になっていた。

 そのルートの運用を、アヴリーヌはジェイドに託したのである。
 雨がこのまま降り続いた場合、きっと困窮する時がくる。そして来てから動いたのでは遅過ぎる。
 だから今のうちに備えるべきだと訴えたアヴリーヌに、元々柔軟な思考をもつジェイドはすぐに賛同し、侯爵家として独自に取引を開始しておいたのだ。

 おかげでジェイドとアヴリーヌは、今のところ食糧や物資に困ることなく、安定した生活を送れている。また領民にも、アヴリーヌの助言により質素倹約と備蓄を守らせていたので、備えなく長雨に晒されている他の貴族の領地ほど、甚大な被害は出ていない。

「農民が暴動を起こすんじゃないかと、兵を集め始めている貴族もいるみたいでね。平和と団結を訴える女王の発言に、誰も耳を貸さなくなりつつある」

 優しさだけで生かされてきたエマに、誰かを非難したり押さえつけたりするのは難しいだろう。自分を断罪する時だって、聞けばジェイドにそそのかされたから踏み切ったということだった。

「僕が城に出向いているのも、万が一亡命しなければならない時期を見極めるためだしね」
「ええ、いざとなったら私の故郷の領地――亡くなった父から譲られた小さなところだけど、そこに逃げましょうね」

 あらゆる場合を想定して、あらゆる手段を講じておく。前世の会社員時代に培った知恵と能力を、アヴリーヌはジェイドとの幸せを守るためにフル活用している。

 そんなアヴリーヌに、ジェイドは感嘆のため息を漏らした。
 
「貴女ほど賢い人を見たことがないよ。貴女を手に入れる前だって心底貴女を愛していたけれど、今は、愛も尊敬ももっと深まっている。……素敵だよ、愛しい人」

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