悪女は破滅を身ごもる~断罪された私を、ヒロインより愛するというの?~
 ――愛する。
 心にもない言葉を口にされた不快感で、アヴリーヌの頬がひくついた。

「ふざけてるんじゃないわよ。あなた、エマの恋人になんでしょう?」
「あの子なら利用しただけだ。貴女を捕らえるためにね」

 とんでもないことをさらりと言ってのけたジェイドに、アヴリーヌは開いた口が塞がらない。そんな反応すら嬉しくて堪らないとばかりに、彼は相好を崩す。

 麗しの侯爵と二つ名をもつほど端麗な容姿。優雅で爽やかで誰にでも優しく、数多(あまた)の女性を恋で惑わすのに、誰のものにもならなずひらひらと花から花へと渡る蝶のような人。
 そんな彼はエマと出会って本気の愛を見つけ、彼女に真心を誓う――という「設定」のはずなのに。

「利用した、ですって?」
「あんな小娘に本気になるわけないだろう?」

 「キャラクター」にそぐわない口の悪さに絶句する。恋人であるはずの少女をごみ屑のように投げ捨てた彼は、アヴリーヌを熱い視線で見つめてくる。

「貴女が前国王に嫁いできた日からずっと……一目見た瞬間から、僕は貴女の虜だったんだ」

 うやうやしく手をとられ、熱い吐息とともに唇を押し当てられた。

「愛している、アヴリーヌ」

 そのまま手に頬ずりした彼を、――パシン! 振り払って頬をひっぱたく。
 
「侮辱するつもり!?」
「まさか。……どうしよう、怒った顔もこんなに美しい」

 罵っても彼の微笑みは喜色を増すばかりで、アヴリーヌは恐怖と混乱で全身が総毛立った。

「逃げないで。まずは謝らせてほしい」
「聞く気はないわ、そこをどきなさい」
「貴女を連れ去るには、いったん貴女を捕らえるフリをしなければならなかったんだ。怖い思いをさせてすまなかった」 
 
 そう言いつつも彼は両手を壁につき、その檻の中にアヴリーヌを閉じ込めた。

「そんな言葉信じられるわけないでしょ! あなたはエマの恋人として私を断罪したのよ、そういう……!」

 設定なんだから、と口走りかけたアヴリーヌの唇を、柔らかな感触が塞ぐ。
 輪郭がぼやけるほど近づいたジェイドの唇に、アヴリーヌは息を止められていた。
 
「……他の女の名前なんて口にする必要ない。貴女を愛しているんだ、アヴリーヌ。貴女の全てが欲しい」

 しっとりとアヴリーヌの唇を味わってから、ジェイドは口づけを離した。
 眼前に迫る微笑みは、恋した女に求愛する男の顔――かつて前世のアヴリーヌが、歳下の彼に口説かれた時に見た情熱の顔だ。
 至近距離で瞳の奥まで覗き込まれ、アヴリーヌの鼓動が、初々しい乙女のように走り出した。

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