『オーバーキル』これ以上、甘やかさないで
早歩きを10分近くしたお陰で、胸が苦しい。
酸素が上手く吸えないけれど、無事に教室には辿り着けそうだ。
階段を上がっている時に既に本鈴が鳴ったから、完全に遅刻確定。
それでも、倒れることなく教室に辿り着ければ御の字だ。
階段を上りきり、教室がある廊下へと曲がった、その時。
視界に見慣れた人物が映る。
「何してんの?」
「あ?」
私の教室である1年B組の後ろのドアの敷居部分に匠刀がしゃがみ込んでいた。
「ほら~津田っ、早く自分の教室に行きない」
「あーはいはい」
上靴には靴紐がないのに紐を結ぶみたいな格好をしていて、ドアを塞ぐような形でしゃがみ込んでいた匠刀が、ゆっくりと立ち上がる。
「早く入れ、のろま」
「なっ…」
「手嶋~」
「はい」
「戸崎~」
「はーい」
「仲村~」
「……え」
「仲村~、休みか?」
「はいっ、います!」
「モモちゃん、ギリセ~~フ!」
「仲村、本来なら遅刻だぞ」
「……すみません」
「分かったら、早く席に着け~」
「あっ、はい」
桃子はさっきまで匠刀がいた場所へと振り返った。
もしかして、わざとあそこに座り込んでたの?
匠刀のクラスは隣りだ。
本鈴がなる前に階段を駆け上がって行ったはずなのに。
「モモ、おはよ。間に合ったじゃん」
「……ん」
斜め左前の席の素子。
今朝は『遅刻する』とメールを送っておいた。
匠刀がいなければ、絶対に遅刻だった。
私は間に合ったけど、匠刀は……。
「ホントに要らぬことをするんだから…」
「ん?何か言った?」
「ううん、何でもない」