センセイ、ありがと。

私のうち

センセ、優しかったなー。




また明日も話しに行こっと。





“お前は、お前の母さんじゃないぞ”




私は、私。





ガラガラ




静かに、ソロソロ廊下を歩く。




自分の部屋、とは言えない物置のような部屋に鞄を置き台所に向かう。





冷蔵庫の中身をチェックする。





卵、鶏肉、玉ねぎ、ごはん、んー、オムライスかな。










オムライスで、大丈夫かな。












手が震えそうになったからバシッと手を叩いて誤魔化した。





「センセに、カッコ悪いとこ見せちゃったな。」





呟いてしまったのは、きっと部屋が静かすぎたから。





うるさくしたら、ダメだけど、





静かにしたら、多分泣く。





料理の音も聞こえないようにゆっくりと、でも素早く。





緊張して冷や汗が流れる。




「……ねえちゃん」



「へっ」





「しっ、静かにして。母さんねてるみたい。」






「雪……ごめん、ぼーっとしてて。わかった。」




弟の雪だった。


「うん」




「雪。」

すぐに私と雪の、共同の部屋にそろりと向かおうとした背中に声をかけた。




「なに?」




「おかえり。」





この瞬間が私は好きだ。大事な家族に言えるこの言葉が、好き。




「ねえちゃん、ただいま。」




多分、雪もそうだと思う。




小六になっても不器用な笑顔がかわいい。




やっぱりこの笑顔がないと私は今まで耐えられなかったと思う。




「うん、部屋で待ってて。」



「……うん」





背中を見送って野菜を切るのに集中する。









……






お母さん、起きた?





ちょっと待って






早い。






お母さん、ちょっとだけ、待って。






ガラッ






まに、合わなかった。







「あ?あんた、なにつくってるわけ。」






「お、オムライス、だよ。」





「なに?その口の書き方。それが母親に対する態度?」




パシっと、頬を叩かれた。




ツー、と、口の中で血が流れているのがわかる。






「ごめんなさい。もうしません。」






この頭を、いつまで下げればいいだろう。






「とにかく私は無理だね。そんなもの食べるの。あんたが使ったもんなんか食べたらお腹壊して死ぬよ。」






「は、い。」








「今日男来るから家で出ていって?もう帰ってこなくてもいいけどね。

あんたが使った料理なんかいらないから。」






「わか、りました。片付けておきます。」





「早くしな」




パシーン!




母がふすまを開ける瞬間と、閉める瞬間が世界で一番怖い。




何度あったって慣れない。






「……ね、ねえちゃん、大丈夫?」





「あ、雪。……大丈夫だよ。これを片付けたら家出るから、あったかい格好してね。」





「……うん」





ガラッ





「!、」




お母さんだった。





「彼氏ここ住むことになったから。もう出てって。片付けなくてもいいわよ。捨てるだけだし。


ああ、あんたもいたのね。

はい、あんたたちのこれから暮らしてくお金。」





「え」





どういうこと?と、尋ねる前になにか固いものが顔にぶつけられた。





いた、い。







雪、雪にはぶつかってない。




よかった。





これは、通帳?





冷や汗がどくどくと音を立てるように首元を流れた。





「ね、ねえちゃ」




「雪、喋らないで」





聞こえないくらいの声で目線を合わさず告げる。




ハッとしたような吐息と共に静寂が流れた。






「早くしてよね。荷物なんかは適当にまとめて持ってきなさいよ。邪魔だから。

あ、警察とかいくんじゃないわよ。

誰にも言わないのよ。

あと、金は自分で稼ぎなさい。あんた、弟もいるんだから。守ってあげなきゃね?ふふ。」





余韻がしっかりと頭の中に浸透するのを感じて、立ち上がった





「今までお世話になりました。」





部屋を出る前に一礼だけする。これ以上怒らせないように。






「早く出ていきなさい。」



「はい」



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