偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~

「ホントはここに来るのやめて梓のとこに行こうと思ってたんだけど、梓から来るなって言われちゃって」

「素直に受けとっていいやつか?」

 欣吾が激辛ホルモンを平然と食べながら聞く。

「実は来てほしいやつじゃなくて?」

「いや、本当に来てほしくないみたいだ。梓のお母さんからも言われた。トイレにこもってる姿を見られたくないって。で、代わりにお前らに報告してきてくれってさ」

「大変だな。人によってつわりの症状は全然違うって言うしな? 美嘉(みか)は食べないと気持ち悪いって言って、めちゃくちゃ食べて医者に怒られたらしいけど」

 美嘉とは皇丞の部下の平井美嘉で、欣吾の幼馴染で、兄嫁でもある。そして、欣吾の初恋の相手。

 本人は認めないが、今も好きなのだろう。

 兄から奪いたいなどと思うわけではないようだが、欣吾にとって女の基準のひとつだ。

 奴が付き合う女は、平井さんのようなショートヘアの女が多い。

「明日また電話して、大丈夫そうなら行ってくるつもり」

「皇丞、社長と寿々音さんには伝えたのか? 二人の様子からして知ってるとは思えないんだけど」

 毎日顔を合わせているが、二人共浮かれた様子はないし、涼音さんはともかく社長がそわそわしていたら俺が気づかないはずがない。

「明日、言うつもりだったんだ。あんまり早く報告して何かあったらって、梓が」

「安定期ってやつか。じゃあ、明日は?」

「俺一人で行って来る」

 ビールと肉が運ばれてきて、空のジョッキや皿と交換して行った。

「俺のほうが先に知らされてるの、いじけそうだな」

「かもな。けど、お前には浮かれた二人の暴走を止めてもらわなきゃいけないからな」

「暴走……」

 欣吾が肉を焼きながら苦笑いする。

「いや、マジで。梓の実家に何万もする果物のかごを送ったり、ベビーベッドやベビーカーを買おうとしてたら、とめてくれ」

「どっかの王室御用達ベビーグッズの情報を集めろとか言われそうだな」

 社長夫婦が肩を寄せ合ってショップサイトを眺め、目に付く限りのものをポチッとカートに入れていく姿が、容易に想像できる。

 どんなに親しみやすくても、やはりセレブ。

 良いと思ったものの値段は見ない。

「ホント、頼むな。今は何もするなって言ってくれ」

「社長はともかく、寿々音さんは自分も経験があるし、わかるだろ?」

「甘いな、欣吾。息子はつまらないとこぼしては、梓をランチだショッピングだに誘い、ついには俺と父さんを置いて海外旅行の計画を立ててたんだぞ? 俵のリークがなきゃ、今頃梓はクルーズの船の中で寝込んでいたかもしれない」

「リーク……って」

「おかげで俺は寿々音さんの運転手として一日こき使われたけどな」

 ちなみに、俺にリークさせたのは社長。

 自分が妻に嫌われたくないからって、秘書に汚れ仕事をさせたのだ。



 ま、お詫びにって社長から、社長行きつけの高級クラブでボトルを入れてもらったんだけど。



「それは悪かったと思うけど、おかしいだろ! 新婚旅行も行けてない息子夫婦にプレゼントするならともかく、『皇丞は忙しいだろうから、代わりに私が梓ちゃんと新婚旅行に行こうと思って』って。孫がほしいなら――」

「――皇丞、声がデカい」

 皇丞は、喉を鳴らしてビールを飲み、ふぅっと興奮を落ち着けた。

「とにかく、父さんと母さんが色々と先走らないように監視しておいてくれ」

「わかったよ」

「それにしても、結婚も子供も皇丞が一番乗りかぁ。一番女運がなかったのに」

 欣吾が頬杖をつき、感慨深く言った。

「それもこれも、理人が皇丞の見てくれやスペック狙いの女たちから守ってくれたお陰だな」

「なんでだよ」

「そうだろ。理人が女を奪ってくれなきゃ、今頃自称お前の息子だの娘だのがうじゃうじゃいたんじゃね?」
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