偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
ほんの少し頬を赤らめた欣吾が、ケラケラ笑う。
酒に弱くはないはずだが、仕事の疲れと嬉しい酒で酔っているのかもしれない。
なんとなく瞼が重そうだ。
「だからさ? もう許してやれよ、皇丞」
「許すってなんだよ」
皇丞が極上カルビをタレにつけ、頬張る。
「昔はお前も理人のこと名前で呼んでただろー……が……」
頬杖をついたまま、欣吾がゆっくりと目を閉じた。
俺はため息をつくと、欣吾の身体をソファにもたれさせた。
「マジで働きすぎだな」
「だな」
皇丞が俺の言葉に頷く。
確かに、学生時代、まだ知り合って間もない頃、皇丞は俺を名前で呼んでいた。
それが、名字呼びになったのは、確か大学二年の終わり、いや三年の初めか。
とにかく、俺が皇丞の何人目かの女と寝た後から。
告白されて流されるように女と付き合い、それなりにデートやセックスをして、けれど決してのめり込むことのない皇丞を試すように、俺は女を寝とった。
皇丞を友達自慢したかった女は、皇丞が御曹司なのにバイト生活をしていると知ると、自慢どころか文句を言うようになり、俺が誘うと簡単に足を開いた。
そして、ホテル代を割り勘でと言うと、怒り出した。
皇丞はその事実を知っても、怒りも悲しみもしなかった。
けれど、そうは見えないだけで、やはり怒っていたし悲しんでいたのだろう。
俺を名前で呼ばなくなったのが、その証拠だ。
それでも、良かった。
皇丞には高い志がある。
その邪魔になるものは、俺が排除する。
皇丞にどれだけ憎まれても。
当時の俺は、皇丞の騎士気取りでいた。
どうしてそうなったのかは、もう覚えていないが。
俺は欣吾が焼いて、焦げかけている激辛ホルモンを口に入れた。
あまりの辛さにむせかけ、ビールで流し込む。
「俵」
「ん?」
「如月さんはどうだ?」
「優秀だ。色々と助かってる」
ホント、ムカつくほど優秀だ……。
「鹿子木さんの退職で、人員の補充が必要か?」
「いや、必要ない」
鹿子木が退職を申し出たのは昨日のこと。
有休を消化し、ひと月後に退職する。
皇丞の略奪を諦めたからか、銀田屋の件で如月さんにフォローされて恥をかいたからか、休みがちになってのことだ。
あれから、三週間。
如月さんの仕事ぶりに文句のつけようはない。
彼女とは勤務時間が違うから顔を合わせることも言葉を交わすことも少なく、出勤時間も違うから同じマンションに住んでいることに気づいていないようだ。
皇丞にも、マンションのことは言っていない。
「俵ってさ? なんで年上の女とは付き合わないんだ?」
「は?」
「梓が不思議がってて、そういやなんでだろうって思って。昔っから言ってたよな?」
「ああ」
欣吾は知っているが、大学からの付き合いの皇丞は俺の家庭環境をよく知らない。
敢えて言うことでもなかったし。
隠すことでもないのだが。
「母親は父親より少し年上なんだが、お嬢様育ちで世間知らずで、父親はそんな母親をお姫様の如く甘やかしてた。でも、怒った時の母親は、超高飛車。で、姉は母親の高飛車な性格だけを受け継いだ。その結果、我が家はお姫様と女王様に牛耳られ、父親も俺も奴隷のような――」
「――待て待て。俺はシンデレラか白雪姫の話を聞かされてるのか?」
「まさか」
「お前がお姫様とか女王様とかいう母親と姉って、想像できないな」
「だろうな」