偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~
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皇丞と梓ちゃんに子供が生まれる。
喜ばしいことだ、本当に。
だが、昨夜話を聞いてから、気持ちが重い。
だからってなぁ……。
手元のビニール袋を見下ろす。
乳白色の袋はうっすらと中が透けて、キャベツやお好み焼き粉が見える。
梓ちゃんの手作りが食べられないからって、自分で作るとか……。
今日は呼び出しがないとわかっているから、二度寝して十時に起きた。
コーヒーを飲んで、部屋の掃除と洗濯をして、クリーニングに出すスーツを持って出た。
駅前でクリーニングを出し、ATMで金を下ろし、スーパーで買い物をした。
パンや卵、牛乳、ビールなんかをかごに入れ、店内をうろついていたらお好み焼き粉が目に入った。
ただ、それだけだ。
ひとりでお好み焼きか……。
実家にいた頃はホットプレートを囲んで食べたもんだ。
今日はフライパンでいいな。
暗証番号を入力し、マンションの自動ドアを抜け、郵便受けを確認する。
保険会社からのDMに車検の案内はがきを袋に入れた。
車検か。あんまり乗ることもないんだけど。
エントランスを横切ってエレベーターに向かう。
ちょうど、ポーンと到着を知らせる音とランプが光った。
「理人さん!」
甲高い女の声と共に肩にどすんっと鈍い衝撃を受け、弾みで持っていた袋を落とす。
いつかを思い出す。
しっかと掴まれた腕は、びくともしない。
オフホワイトのシャツはボタンがいくつ外されているのか谷間が見えるほどで、金色に近いライトブラウンの髪は毛先がぐりんぐりんにカールされていて、俺の腕に絡みつく様は蜘蛛の糸のよう。
「ご連絡、お待ちしていましたのに!」
顔を上げた彼女は、睫毛がやはり瞼に突き刺さりそうだ。
「只野さ――」
「――姫です!」
「どうしてここに?」
聞いたからってどうしようもない。
いや、今後の対策のためには必要だ。
「私、いい子にしておりましたのよ? ですのに、ひどいわ! 急にお引越しなさって、私……っ!」
知らない人が聞いたら、俺が彼女を捨てたようだ。
ただでさえ、彼女は品が良いとは言えないがそれなりに身なりがよく、一方の俺はネイビーのパーカーに履き古したジーンズ、スニーカー。
チャラい、もしくはヒモのような男が、セレブの金づるを捨てた、乗り替えたように見えるだろう。
「只野さん」
「姫で――」
「――只野さん!」
聞き分けのない女を、少し強めに制止する。
「ご好意は大変ありがたいですか、私は――」
「――ご好意だなんて! 好きなんです。あなたこそ、私がずっと探し求めていた運命の人です。あの夜、優しく介抱してくださったあの時から、私にはあなたしかいないんです!」
今後、女性がどんなに困っていても、易々と手を貸さない。
そう胸に決め、俺は彼女を見据えた。
「父も、きっと賛成してくださいます。父の会社の経営にご興味は? 社長秘書だなんて小間使いのような――」
「――いい加減にしてください!」