偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~

「した――」

「……」

 わざと言葉を区切ったのに、理人は眉ひとつ動かさない。

 私以上に可愛くない。

「――って言ったら――」

「――何も変わらない」

「……え?」

「過去なんてどうでもいい。現在進行形なら問題だが、生憎俺は既婚者じゃない」

「なに、それ。どうでもいいわけないでしょう? 会社の上層部に仕える秘書が不倫なんて不道徳な――」

「――してないなら、そう言え」

 イラっとした。

 なんでもお見通しって顔して、偉そうに言うから。

 ふいっと顔を背ける。

 だが、強く顎を掴まれた。

 逆らえない力に正面を向くと、キスをされた。

 ドンッと力いっぱい彼の肩を叩く。

 が、離れてくれない。

 それどころか、腰を抱かれ、更に密着する。

「んっ……」

 舌を挿しこまれ、思わず声が出た。

 強引に口内を舐め回され、引っ込めた舌も絡み取られる。

「ん~~~っ!」

 腰を抱く手が、パジャマの裾から素肌に触れた。

 さわさわと撫でられ、思わず仰け反る。

 息が苦しい。

 それに、もしも力登が起きてきたらと思うと、気が気じゃない。

 なのに、そんなことはお構いなしに、理人の手は胸まで這い上がってきた。

「――っ!」

 唇が離れ、私は彼を押し退けると、肩を上下させて浅い呼吸を繰り返す。

「噛みつくこと、ないだろ」

「やめて――っくれないから!」

 理人が指で、私が噛んだ唇をさする。

「話の途中で――」

「――してないって、言え」

「え?」

 両肩をがっちり掴まれ、真正面から見据えられた。

「不倫なんかしてないって、言えよ」

 視線を逸らせない。

 肩を強く掴まれていたからじゃない。

 瞬きすら忘れるほどじっと、私を見るから。

 時計の秒針が、ゆっくりと時を刻む。

 ほんの一瞬だけ、理人が唇を開き、すぐに閉じた。

 また、沈黙が始まる。

 彼は待っている。

 私の言葉を。

 彼が望む言葉を。

 望まない言葉を口にしたら、彼はどうするのだろう。

 そんなことを考え、打ち消した。

「してないわ」

「……」

「不倫なんか、してない」

 やっぱり、可愛くない。

 理人は私の言葉でホッとするわけでもなく、口角を上げてニヤリと笑った。

 そんなことはわかっていた、とでも言いたげに。

 理人の温かな手が私の頬に触れ、包み込んだ。

「何があった?」

「え?」

「根も葉もないデタラメかと思ったが、りとの反応を見ると何かあったんじゃないのか?」

「……」

「話したくないなら――」

「――そんなんじゃ、ない」

 目を伏せ、黙る私を見て、理人が何を思ったのかはわからない。

 けれど、私が俯いて唇を震わせたのは、辛い過去のせいじゃない。

 理人が、不倫はしていないと言った私を、なんの迷いもなく信じてくれたことが嬉しかったから。



 どうして、あなたは――。



 私は、ゆっくりと息を吐いた。

「知っているでしょうけど、倉木社長にお仕えする前の会社で、私は副社長秘書をしていたの」

 事実無根とはいえ、噂になっているのならば事実を話しておく必要がある。

 私の口から。
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