誰にも言えない秘密の恋をしました       (君にこの唄を捧ぐ)

「…ありがとう。」
俺としては形に残るお礼はするべきでは無いと思い、あえて買う事をやめたのに…。

受け取り封を開けてみると、中には黒字に金で蝶をあしらった万年筆だった。

「…綺麗だ。」

「蓮さん、作詞は手書きだったので、万年筆なら使い道があるのでと思って選びました。
良かったら使って下さい。」

「大事にする。
…気を使わせて悪かったな。」

心菜は首を左右に振って、
「私にとっては、貴重な休息時間を頂いた気持ちでいます。至らないところも多々あったと思いますが、ありがとうございました。」

と、頭を下げてくる。

「こちらこそ。いろいろ、ありがとう。」

それだけを伝える。

帰らなければいけないのになかなか、ベンチから立ち上がる事が出来ないでいる…。

ここを出たらもう2度と心菜に会えないのだと思う俺は、ただ彼女がいない世界に怖気付き、立ち止まってしまう。

「蓮さん…そろそろ帰らないと、マネージャーさんが待ってますよ。」

そう静かに伝える彼女にとっては、きっと日常のありふれた一コマに過ぎないんだと、いつか薄れていく記憶の一部となって、懐かしい思い出へと変わって行くのだろう。

俺は重たい腰をあげ、最後に彼女に振り返る。

手が彼女を抱きしめたいと無意識に動きそうになり、ぎゅっと拳を握り締めなんとか押さえ込む。

「私は…ここで失礼させて頂きます。」
彼女がそう言うから、

夕焼けがやたら眩しくて、最後に目に焼き付けたいのに、見つめる彼女の顔がシルエットになって、上手く映し出せ無いでいる。

「じゃあな。」

歯を噛み締めて歩き出す。

「さようなら。どうか、お元気で。」
彼女が俺に、深く頭を下げて送り出してくれる。

ズキズキと疼く胸を持て余しながら
一歩、また一歩と、彼女から離れて行く。

どうか、彼女の日常が心穏やかなものでありますように。そう、願いながらこの場所を去る。
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