ファーレンハイト/Fahrenheit
#06 雪の降る日
十二月二十二日 午前十一時八分
窓から見える景色は、昨晩から降り続く雪で白く染まっていた。風もなく穏やかに降り続ける雪を見つめているうちに、時間を忘れてしまいそうになる。俺は窓辺に立ち尽くしたまま、ぼんやりとその光景に見入っていた。外の世界はまるで別世界のように静かだ。
インターホンが鳴り、モニターの前に行くと画面に須藤が映っていた。
玄関へ行き、鍵を開けて須藤を中に入れて、俺は頭を下げた。
スリッパを出し、須藤の後を俺は付いて行く。
リビングへ入ると、コートを脱ぐ須藤を横目にコーヒーを淹れに俺はキッチンへ行った。
パイプ椅子を引いた音がして、パイプが軋む音がした。
――今日は、砂糖が、いるはず。
インスタントコーヒーをカップに入れ、ポットのお湯を注いでトレーに乗せた時、須藤の声がした。
「山野がな、セクハラがあった、と言い出した」
その言葉に、口の端を上げて、トレーを持ち上げて振り向いた。
リビングに入り、須藤と目が合う。
「もちろん、俺に、ですよね?」
◇
山野とペアで外出した四回目の事だった。
緊張しているような、怯えているような、そんな目を山野はしていた。
何かあるな、と思っていたが、外出すると身体を寄せて来る事が多かった。だが、特に何もぜず山野のやりたいようにやらせていた。
その日、俺が山野に触れたのは二回だった。
話す俺を歩きながら見上げていて、電柱に気付かなかった山野の肩に触れてぶつからないようにした時と、俺が山野を見失ってしまい、山野が逆方向へ行こうとしている姿を見つけた時、山野に走り寄って腕を掴んだ時の二回だった。
◇
「俺に何されたって言ってました?」
「暗がりに連れ込まれて服の上から触られた、と」
「そうですか。厚手のコート着てるのに?」
「んふっ……やってねえよな?」
「動画がありますけど、見ます?」
「えっ……?」
俺は須藤に、山野と外出する時は複数人で俺達を尾行させ、動画を撮らせていた事を話した。その手配はバーテンダーの望月がしてくれたが、俺もちろん彼らの存在に気づいたが、山野は何も気づいていなかった。
「米田は、どうしてこんなに俺を恨むんでしょうね、ふふっ」
「な、……もう十年も経ってんのにな」
「米田の女っての、全く記憶が無いんですけどね」
「言うなよ、絶対にそれ本人に言うなよ?」
「ふふっ……ふふふっ」
須藤は砂糖とミルクを入れた小さなカゴに手を伸ばして、砂糖を取った。
――やっぱりね。
砂糖とミルク二個をコーヒーに入れてかき混ぜる須藤に、「俺が外れれば良いんじゃないですか?」と言うと、須藤は「いや、お前以外にもさ、いろいろ上がってんのよ」と言った。
――米田も潮時、って事か。
「ま、敬志の動画が役立つよ」
「そうですか」
俺もコーヒーカップを手に取り、湯気の向こうの須藤に笑顔を向けると、須藤は横目で俺を見て、口元を緩めた。
コーヒーを一口飲んだ須藤は、「なあ、敬志。奈緒ちゃんと葉梨って、意外なんだけど」と言った。
――相変わらず食えない奴だな。
「何の事ですか?」
「ふふっ。いいじゃん、教えてよ」
「何のお話ですか?」
「美人な奈緒ちゃんが、ついに誰かのものになるんだな」
「それはどうでしょうね」
窓から見える景色は、昨晩から降り続く雪で白く染まっていた。風もなく穏やかに降り続ける雪を見つめているうちに、時間を忘れてしまいそうになる。俺は窓辺に立ち尽くしたまま、ぼんやりとその光景に見入っていた。外の世界はまるで別世界のように静かだ。
インターホンが鳴り、モニターの前に行くと画面に須藤が映っていた。
玄関へ行き、鍵を開けて須藤を中に入れて、俺は頭を下げた。
スリッパを出し、須藤の後を俺は付いて行く。
リビングへ入ると、コートを脱ぐ須藤を横目にコーヒーを淹れに俺はキッチンへ行った。
パイプ椅子を引いた音がして、パイプが軋む音がした。
――今日は、砂糖が、いるはず。
インスタントコーヒーをカップに入れ、ポットのお湯を注いでトレーに乗せた時、須藤の声がした。
「山野がな、セクハラがあった、と言い出した」
その言葉に、口の端を上げて、トレーを持ち上げて振り向いた。
リビングに入り、須藤と目が合う。
「もちろん、俺に、ですよね?」
◇
山野とペアで外出した四回目の事だった。
緊張しているような、怯えているような、そんな目を山野はしていた。
何かあるな、と思っていたが、外出すると身体を寄せて来る事が多かった。だが、特に何もぜず山野のやりたいようにやらせていた。
その日、俺が山野に触れたのは二回だった。
話す俺を歩きながら見上げていて、電柱に気付かなかった山野の肩に触れてぶつからないようにした時と、俺が山野を見失ってしまい、山野が逆方向へ行こうとしている姿を見つけた時、山野に走り寄って腕を掴んだ時の二回だった。
◇
「俺に何されたって言ってました?」
「暗がりに連れ込まれて服の上から触られた、と」
「そうですか。厚手のコート着てるのに?」
「んふっ……やってねえよな?」
「動画がありますけど、見ます?」
「えっ……?」
俺は須藤に、山野と外出する時は複数人で俺達を尾行させ、動画を撮らせていた事を話した。その手配はバーテンダーの望月がしてくれたが、俺もちろん彼らの存在に気づいたが、山野は何も気づいていなかった。
「米田は、どうしてこんなに俺を恨むんでしょうね、ふふっ」
「な、……もう十年も経ってんのにな」
「米田の女っての、全く記憶が無いんですけどね」
「言うなよ、絶対にそれ本人に言うなよ?」
「ふふっ……ふふふっ」
須藤は砂糖とミルクを入れた小さなカゴに手を伸ばして、砂糖を取った。
――やっぱりね。
砂糖とミルク二個をコーヒーに入れてかき混ぜる須藤に、「俺が外れれば良いんじゃないですか?」と言うと、須藤は「いや、お前以外にもさ、いろいろ上がってんのよ」と言った。
――米田も潮時、って事か。
「ま、敬志の動画が役立つよ」
「そうですか」
俺もコーヒーカップを手に取り、湯気の向こうの須藤に笑顔を向けると、須藤は横目で俺を見て、口元を緩めた。
コーヒーを一口飲んだ須藤は、「なあ、敬志。奈緒ちゃんと葉梨って、意外なんだけど」と言った。
――相変わらず食えない奴だな。
「何の事ですか?」
「ふふっ。いいじゃん、教えてよ」
「何のお話ですか?」
「美人な奈緒ちゃんが、ついに誰かのものになるんだな」
「それはどうでしょうね」