ファーレンハイト/Fahrenheit
 俺は優衣香のパジャマの裾から手を入れて、タンクトップの裾も引き出して、優衣香の素肌に触れた。

「腹斜筋」
「んふふ……」

 それから背中にかけてゆっくりと、指先を動かしていった。

「脊柱起立筋」
「腰痛対策に、ね」
「ふふっ……」

 背中の中心を、爪でゆっくりと撫で上げていく。
 優衣香はくすぐったいのか、唇を少し噛んで、俺を見る。潤んだ瞳にまた、襲いたくなる衝動に駆られたが、我慢した。だが指先はそのままで、肩甲骨を親指で触った時、優衣香が動揺した。

「……どうしたの?」
「あ……うん……」
「なに? 話して」
「……そこの肉は取れたよ」
「えっ?」

 優衣香は何の話をしているのだろうか。尋ねると、優衣香は小さく息を吐いてから話してくれた。

「敬ちゃんを腕枕した時、寝てる敬ちゃんがずっとそこを揉んでて……。胸と勘違いしたのかな、って……」

 ――夢で、揉んだ、おっぱいは! おっぱいじゃなかった!

「えっと……それを、気に、して……?」
「うん……」

 ――やっぱり俺が原因じゃないか! 敬志の馬鹿!

「優衣ちゃん……俺は痩せてる優衣ちゃんより――」
「背中の肉を落としたいの」
「どうして?」
「私、肩幅があるから、背中の肉が付くと、すごい貫録が出る」
「貫録」
「貫録」

 二人で笑い合ったが、急激な体型の変化は健康に良くないと伝えた。だから風邪をひいたのだと指摘すると、優衣香は「ごめんなさい」と言った。

「ああっ……優衣ちゃん、怒ってないよ。言い方が悪かったね。ごめんね」
「いいの。ごめんなさい。気をつけるね」

 俺は体格の良い優衣香が優衣香だと思っているから、そのままでも良いと思っている。
 優衣香を見ると、目を伏せて少しだけ、唇を結んでいる。そんな優衣香に申し訳ないなと思いながら、背中に添わせた指を動かすと、優衣香が俺の目を見て、また伏せた。

「あの……敬ちゃん、胸、触る?」
「えっ……」

 触りたいけど、優衣香が反応したら、俺はもう止められなくなる。でも――。
 俺が躊躇している様を見て、優衣香は俺の腕を掴んで、手を体の前まで引っ張った。
 手を添えた俺の手を、パジャマの裾から自分の胸に持っていこうとする。

「……じゃあ、優衣ちゃん。感じても、声を出さないで……我慢出来なくなっちゃう」

 そう言って、優衣香の胸に触れた。俺の手に、収まるくらいの大きさで、柔らかい。ゆっくりと手を動かすと、手のひらの中で、硬くなった先端が分かる。

 必死に声を出さないようにしている優衣香が声を出してしまわぬよう、唇を重ねた。それでも漏れてしまう甘い吐息に、俺は徐々に余裕が無くなっていった。
 今なら、止められる――。

「我慢」
「んー」

 体調が万全ではない優衣香を、なんとかして宥めて、俺は優衣香に寝るように言った。

「優衣ちゃん、近々にまた休みを取れるから、その日までに必ず治しておいてね」

 優衣香の返事を聞いて、また唇を重ねた。

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