ファーレンハイト/Fahrenheit
第7章

#01 男の嫉妬

 一月十二日 午前二時三十四分

 降り注ぐような星空が広がっている。
 星々の輝きが夜空いっぱいに、満天の星空が広がっていた。そんな星空の下で、マンションに帰りがけの加藤奈緒と本城昇太は、松永敬志の兄嫁である松永《まつなが》玲緒奈《れおな》との関係を話し始めた。

 ◇

 四年前、本城昇太はある事件の合同捜査本部で別の所轄の松永《まつなが》敦志《あつし》と初めて会った。二人が直接関わる事は無かったが、捜査員として顔と名前を双方が覚えていた。
 ある日、本城昇太とペアを組む男性捜査員が、過去の事件で関係のあった男に尾行されている事に気づいた。それを捜査本部で相談すると、松永敦志と本城昇太がペアを組む事に決まった。

 数日後、深夜の繁華街の裏通りを歩いていた二人は、四人の男に襲われた。
 松永敦志も本城昇太も柔道有段者ではあるが、全員が刃物を持っている事から怪我を負わずに全員を捕縛する事は無理だった。二人は四人のうち三人を捕縛したが、残り一人は逃走した。
 連絡を受けた所轄から緊走のパトカーが到着する頃、逃走したと思われた一人が現れ、本城の背後に歩み寄った。
 後に判明した事だが、目的は本城昇太だった。
 本城の背後にいる男に気づいた松永敦志は、本城に声をかける間もなく、本城を歩道の植栽に投げた。
 突然の事に驚いた本城が揉み合いになっている二人を見ると、松永敦志は顎から耳にかけての切創から血が吹き出していた。
救急要請した本城は、止血をしながら詫び続けた。松永敦志は、「大丈夫だよ」と優しい言葉を本城にかけたと言う。

 その後、自宅療養していた松永敦志の元へ本城がお見舞いに出向いた際に、本城は初めて妻の松永玲緒奈に会った。
 事前に松永玲緒奈の事を複数人から話を聞いていた本城は、二人に土下座した。もし切創が数センチずれていたら、生命は失われていたのだ。本城は松永敦志を守れなかっただけでなく、怪我を負わせた事を泣きながら謝罪した。

 松永敦志は、「いいんだよ」と優しく言葉をかけたが、松永玲緒奈は手を握り締めて下を向いたままだった。
 それを見た松永敦志は、「カミさんが話あるみたいだから席を外すよ」と言って部屋から出て行った。
 本城は何が起きたのか分からなかったが、残された玲緒奈に再度謝罪をした。
 すると、正座していた松永玲緒奈は本城の前へにじり寄り、本城の手を取り、こう言った。

「本城さんがご無事で、何よりです」

 本城の目に映る松永玲緒奈は、優しく笑みを浮かべる、美しい女性だった。
 本城は事前に聞いていた松永玲緒奈の評判とは全く違う事に拍子抜けしたものの、ひたすら謝罪を続けた。だが、謝罪を止めない本城の姿を見て、「そろそろ止めないと、殴るよ?」と言った。

 その言葉がまるで符牒だったかのように、松永敦志が戻って来た。入れ替わりに松永玲緒奈は部屋を出て行った。

 その姿を本城の肩越しに見ていた松永敦志は、ドアが閉じると本城の目を見て、「あれはね、父が殉職した時に、母が言った言葉なんだよ」と、頬を緩ませて言った。
 視線を彷徨わせる本城を見た松永敦志は、「あ、『殴るよ』じゃない方だよ、先に言った方ね」と笑った。

 ◇

「俺、姐さんに殺されてもおかしくないと思ったんですけど……」
「ふふふっ……」

 加藤は優しい笑みを浮かべながら、その後の松永玲緒奈の事を本城に話した。

「あの時は荒れ狂ってたよ。ふふっ、居酒屋でさ、『本城許さねえ』って言いながら一升瓶ラッパ飲みしてた」
「やっぱり」
「あんたがさ、あの後、どう仕事に取り組んでるのか、私生活はどうなのか、玲緒奈さんは全部見てる」
「えっ……」
「今日の昼から、あんたの真価が問われる。覚悟しなよ」
「うっ……」
「玲緒奈さんね、あんたがクソ警察官になったら、『いつでも命を貰い受ける』って言ってたから」
「ヒィッ!!」

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