ファーレンハイト/Fahrenheit

#05 姐さん、襲来(中編)

 玲緒奈さんが二十一歳の時、両親は長男の敦志から結婚を前提としたお付き合いをしていると聞き、初めて玲緒奈さんを家に招いた。
 玲緒奈さんは綺麗なお姉さんだった。

 当時俺は十七歳で、弟の理志は十歳だった。
 綺麗なお姉さんに浮かれる理志を隣に座らせ、理志の話を一生懸命聞いている姿は今でも記憶に残っている。俺も話したかったが、理志がずっと話しているから話せなかった。だが玲緒奈さんはそれが分かっていて、理志の話を俺も話に加わる事が出来るように誘導していた。優しいお姉さんだった。

 当時、テレビCMで『綺麗なお姉さんは好きですか』がキャッチコピーのCMがあった。
 理志とテレビを見ている時にそれが流れると、二人で頷いて、理志は「うん! 好き!」と大声で言い、母は笑っていた。

 優衣香とは高校が別だった。
 優衣香はバレーボールを続けたいからと私立高校に進んだ。
 優衣香の事はもちろんずっと好きだったし、家が隣で学校の行き帰りに会う事もあったし、休日は理志と遊びにうちに来る事もあった。
 だが、十七歳の俺は玲緒奈さんが綺麗なお姉さんで憧れた。優衣香への恋心とは違う感情を抱いたが、それは警察学校に入るまでの思い出となる。

 俺が警察学校に入る直前に兄と玲緒奈さんは結婚したが、警察官として会った俺に玲緒奈さんは厳しかった。豹変した玲緒奈さんに驚いたが、兄は「これが標準仕様だよ」と言っていた。

「警察官になったって事は、私の後輩って事。だから甘やかさないからね」

 そう言う玲緒奈さんに、挨拶の声が小さいと手の甲で頬を叩かれた。俺は青春を返してくれと言いたかったが、言えなかった。

 警察官にならなかった弟の理志の事は、今でも玲緒奈さんは溺愛している。
 狂犬加藤も狂犬の親玉も知らない理志は、世界で一番幸せ者だと思う。

 ◇

 武村と本城がコーヒーを全員分仕度してリビングへ戻って来ると、玲緒奈さんはコーヒーを置く順番、砂糖とミルクの個人の好みの数を淀みなく各々の前に置いていく武村と本城に口元を緩めていた。
 二人が着席すると「さて、本題に入りましょうか」 と言い、打ち合わせが始まった。

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