ファーレンハイト/Fahrenheit
 午後二時十四分

 打ち合わせであった玲緒奈さんから連絡事項は、休みが増える事と武村と交代でポンコツ野川が戻って来る事だった。

 玲緒奈さんは、背の高い自分と加藤は俺と葉梨とでペアを組み、小動物のポンコツ野川は相澤と本城とでペアを組めば良いと言ったが、加藤が意見を言った。

「その日の状況次第でペアを変えれば良いと思います」
「でもさ、加藤はハイヒール履きたいって子猿に言ったんでしょ? そう聞いてるよ?」
「その時はそうだっただけです。私の個人的な都合で変えて頂くのは申し訳無いと思います」
「うーん……」

――子猿なんだ。チンパンジーじゃなくて。

 確かに背の高い俺と葉梨なら、同じく背の高い女性の方がバランスが取れる。ポンコツ野川のように身長が低いと真横にいるのに視界から消えてびっくりする事もあるし、何よりも歩幅が合わない。
 だが、ハイヒールを履く加藤とも歩幅が合わない時もある。それにハイヒールだと機動力も落ちる。その指摘に、以前加藤は「練習します」と答えていて、今では気にならなくなった。

 相澤は雪の日に加藤の家に行ったが、横長のリビングダイニングがトレーニングルームだったと言っていた。サンドバッグもあったと言う。
 家具は一人掛けソファ一つと小さいテーブルと大きなテレビしかなく、床にはケトルベルやダンベルが転がっていて、トレッドミルの横に高さの違うハイヒールと、十センチ以上あるピンヒールもあったそうだ。懸垂マシンにはストッキングが掛けてあり、目の遣り場に困ったと言っていた。

 努力の方向性が合ってるとも合ってないとも俺が言う事では無いが、努力しているのなら実地で結果を出す必要もあるだろう。
 それに、隣の葉梨がテーブルの下でハンドサインを送っている。
 気が重いが、俺は玲緒奈さんに意見しなくてはならないようだ。

「あの、私からも、よろしいでしょうか」
「んっ? なにー?」
「背の低い野川だと、私も葉梨も困ります」
「だよね」
「はい。視界から消えますし、走った時に野川は追い付けません」
「だよねー」

 加藤の顔を見るが、表情の変化は無い。だが、相澤の目が少しだけ、変わった。
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