ファーレンハイト/Fahrenheit
第2章

#01 想いは秘密のまま

 十一月十五日 午後八時五十三分

 海沿いに続く遊歩道に等間隔に設置された照明灯が、夜の海の海面を青白く照らしている。
 ベンチに座る二人がその海面を眺めていると、潮風が女の髪を揺らし、隣にいる男の頬を撫ぜた。見上げる空には雲一つなく、月が眩く輝いている。その輝きに誘われるようにして、その女は口を開いた。

「ねえ……」

 女は身を寄せて男の左脚に右手を添えた。身体の温もりが少しずつ伝わるのか、男は横目に女を見ている。男はその女の小さな肩を抱くと、女は顔を上げて真正面を向いている男の首すじに唇を近づけて吐息を漏らした。女の生暖かい吐息は耳朶にも広がり、また男が横目に女を見る。

 男は女の肩を抱く左腕に力を込めて、女の身体を強く引き寄せて――

「やめて。ほんとやめて。くすぐったいよ奈緒ちゃん。マジやめて」

 相澤裕典は首を竦めて隣の女に文句を言ったが、女に手の甲で頬を叩かれている。

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